第142号 「汝、おそるるなかれ」

 怯むという言葉があります。辞書で調べると
1 おじけづいてしりごみする。気後れする。「相手の剣幕に―・む」
2 手足がなえる。しびれる
と辞書にはあります。

 ちなみに、この剣幕という言葉は当て字だそうで
元々は見脈(様子を表す言葉)や険悪(怒りを表す様子)
の音が次第に変わって、この字を使うようになった
ということですが、もしかして、文字通り
「幕を張ったようにたくさんの剣を向けれられているようなすさまじい様子」
という意味があったとしてもおかしくはないですよね。
その状況を考えるだけでも、それは恐ろしいです。

 さて、剣道において怖気づいてしりごみするというのは、
初心者や子供のうちと、ある程度段位を経てから
というのはやや違う気がします。
子供の時は「怖い先生だなあ」といってしり込みすることもありますが
段々成長してくると、大抵の場合はどんな強い相手でも、
心の中では「なんとかがんばって一本打ち込んでやろう」と考えます。

 ただ、試合などで「負けたらいやだな」と思って
知らない間に思い切って相手の懐に飛び込む事を気後れしたり、
強い相手や徹底的に守る相手に対してどう攻めていいか
迷って気後れすると言うことはよくあると思います。

 大切なのは、こういう気持ちを克服すること...というよりも
色々考える前に、ぱっと体が動くようにならなければ
いけないんでしょうね。こういうことが迷わずに他の人を
助けたりできるという事に結びつくのだと思います。

 しかし、昔の本当に刀で斬りあっていた頃は
相手がどんなに素人でも、刀があたれば切れますから
それは恐ろしかったと思います。

 明治に生き残った、幕末に実際に斬りあいをしていた人は
「本当に斬りあいになったときは、
とにかく刀を八双(右肩に担ぐような構え)に構えて
あとは気合で相手に飛び込んでいくしかない。」
と語っていたそうです。

 また、ある人は
「斬りあう時の相手との間合いは」
と聞かれて
「斬った相手の白い骨が見える距離」
と答えたと言いますから、なんとも不気味な話ですが
それくらい凄まじかったようです。

 ちなみに戦国時代は甲冑を着けての戦ですし
軽装の足軽などは槍を持たされますから
事情は大分違ったのではないかとも思います。
(戦場では自然と、刀は斬るより突く、
槍は突くよりも薙いで叩く
といった戦い方になったそうです。)

 また、平和な江戸時代に入って
侍も戦うことはあまりなくなりましたが
それでも幕末の動乱期は戦乱の時代でしたから
斬りあうことも多くあったと思いますが

 ですから昔の人は、そういう修羅場に直面しながら
剣道の稽古をしていた時代もありましたから、
決してそれがうらやましいとは思いませんが
さぞかし肝も(心も)鍛えられたことでしょう。

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まとめtyaiました【第142号 「汝、おそるるなかれ」】

 怯むという言葉があります。辞書で調べると1 おじけづいてしりごみする。気後れする。「相手の剣幕に―・む」2 手足がなえる。しびれると辞書にはあります。 ちなみに、この剣