第217号 遠回りの意味

 野球選手としだけではなく、スポーツ選手として超一流のイチロー選手の、昔のインタビューから書き起こした彼の言葉を抜粋して紹介します。

「全くミスなしでは(高いレベルには)たどりつけないけれど、たとえたどりついたとしても、深みは出ない。」
「やっぱり遠回りすることって、すごく大事。だから、無駄な事って結局無駄じゃないっていう考え方はすごく大事。」
「今やってることは決して無駄だと思ってやっているわけじゃないけれど、後から思うと無駄だったって思う事はすごく大事な事だと思う。
「合理的な考え方ってすごく嫌いで、遠回りすることが一番の近道だと信じてやっている。」

 色々な経験と並外れた努力を重ねてきた人の言葉は説得力があります。無駄な事が無駄じゃないのは、それが無駄だという事に気付いたから、という事ですね。つまりはやってみなければわからない、失敗してみなければわからない事もたくさんあるということです。失敗を恐れず、失敗を糧にして、何度も立ち上がって前に進める人にこそ、道は開けるのではないでしょうか。そう、遠回りには必ず意味があるのです。

第216 受け入れる事

「最近は若い人たちに益々打たれるようになってしまいました。自分の弱さ、相手の良い打突を受け入れるつもりで稽古が出来ればと思います」と言う話を先生にしたところ「打たれることを怖がらない、打たれに出る事です。打たれてもいいという割り切りが、思い切りのある打ちに繋がると信じています。」というお言葉を頂きました。
 
 人間、誰でも失敗したくありません。失敗を恐れずに前に進む事は容易ではありません。しかし勇気を出して失敗することを怖がらずに物事にチャレンジしていく気持ちを鍛えて行けば、やがて、失敗することすら考えられないくらい、集中して何かを行う事や、自分の理想を成し遂げたいという熱意に、自然に体が動かされるようになる事が増えていくはずです。
 
 そして、無我夢中な熱意を超えたところに、自然体で全てを受け止め、包み込んで、その上で物事を動かしていくような、そんな境地があるのではないかという気がしてきた今日この頃です。

第215 花一輪

「花戦さ」(Flower and sword) と言う映画を見ました。映画の中で野村萬斎演ずる華道の家元である池坊の初代宗家、池坊専好が茶人の千利休に「一輪にて数輪に及ぶならば数少なきは心深し」と言う意味のセリフを言うシーンがありました。劇中ではこのシーンが茶室の一輪の朝顔を美しく見せる為に、庭の朝顔を全部摘みとったという、有名な利休の朝顔のエピソードに繋がってゆくのですが、これは今でも池坊流の教えになっているそうです。

芸術とは全てそういったものだと思います。多くの彩にあふれた華やかなものは素晴らしい。常にシンプルばかりではつまらない。様々な彩のあるものは、心を楽しく豊かに、気分を盛り上げてくれます。しかし、単なるミニマリズムではなく、全ての空間の価値をそこに凝縮した、たった一つの存在。それこそが、人の心を打つ何百本もの花に勝る一本の花の意味だと思います。

そして、剣道でもそれは、同じだと思います。鮮やかで多彩な美しさも、凛とした清楚な美しさも、全てが花の魅力であるのと同じように、多彩な動きや技の素晴らしさも、静寂を破るような、人の心を打つ会心の一本の美しさも、同じように全てが剣道の魅力であると思います。

本当に人の心を打つ一本、打ってみたいですね。