第208号 「腱鞘炎に負けるな」

 剣道には怪我が付き物であってはいけないのですが、未熟な私はやはり怪我をしてしまうことがあります。少し無理な形で稽古や素振りを続けると、少しの怪我があっと言う間に悪化してしまいます。

 男性と比べて力のない女性は、手首を痛めてしまう方が多いと思います。肘を怪我される方も多いと思います。今回は腱鞘炎を抱えながらの稽古についてお話します。

 腱鞘炎は腱鞘という、腱の通るトンネルのようなところの炎症で、主に手首に起こります。しかし、肘の腱や筋を痛める事もあります。いわゆるテニス肘やゴルフ肘です。原因は使いすぎ、この部分に負担がかかっているからです。
 
 腱鞘炎は、とにかく悪化する前に休める事が大切です。炎症を起こして、痛みが出たり熱を持ったりしたらアイシング、痛みがなくなれば周りの血行を良くして治癒を高める為に保温、と言うように上手に治療法を使い分けていくことが必要なのと、炎症が引いたら負荷がかからない程度、柔軟性を失わないように動かす事が大切です。

 それから次は、怪我をしている部分に負担が掛からないように、竹刀の持ち方、体の使い方を変えることです。力を入れて竹刀を握ってしまい、無理に手首でコントロールしようとするため、力が弱い女性は怪我をしてしまいます。ということは、手首を使う前に、まず持ち方を変えれば良いだけの事です。そうしなければ、何度も同じ怪我を繰り返すだけです。つまり、怪我を防ぐという事は、体の使い方を変えるという事なのです。できるだけ怪我もなく、楽しく稽古したいですね。

第207号 「自信無いねん、自信念」

 よく、こういう言葉を耳にします。
「私は自信がないから...。」
何かに新しくチャレンジしようとする時、多くの人は迷います。例えば仕事を変えたり、何かの活動を始めたりする時です。

 試合や試験など自分が試される時に、自信があるかどうかを他人に尋ねられる事があります。「自信があります」
と言う人は、意外に自分に言い聞かせているようなことも多いと思います。本当に稽古と努力を重ね、考えなくても体や頭が動くという境地に辿り着いた人は、自信がありますとは答えないでしょう。口で何と言おうと、おそらくは、
「普通です。」
「いつも通りです。」
「特に何も考えていません。」
という気持ちだと思います。ただ集中して、目の前にあることを淡々と解決していくだけです。

 でも、多くの人はそうではありません。生きていく上で、出来るかどうかが不安な事は、たくさんあります。全く何の不安もなく、全てに自信に満ち溢れている人は、逆に心配です。(笑) 誰にだって自信があると言えるかどうかわからない事はあります。でも、どうしたら自信を持てるのか。どうしたら強くなれるのか。

 それは信念を持つことです。孤独になろうと、馬鹿と言われようと、自分なりに楽しく突き進んでいけるかどうかです。そうすれば、成功しようが失敗しようが、たくさんの仲間が出来るはずです。

 先日、思うところがあり一晩で一万本素振りをしました。そう聞くと、馬鹿だなあ、意味がないよ、そう思う人もいると思います。それでも私には十分に意味のある事です。一万本振る本当の意味は誰にも分らなくてもいい。でも、その根底には自分の信念があります。その信念が、振る竹刀の一本一本が「祈り」になっていくのです。

 お判りでしょうか。私たちが持たなければならないのは、「自信」ではなくて「信念」です。皆さんにも、どうか密かな信念を持って、楽しく稽古に取り組み、日々の生活を送って頂きたいと思います。

第206号「コツコツとコツ」

 「コツ」という言葉があります。辞書によれば、コツの語源は、漢語「骨(こつ)」で、 骨は体の中心にあり、体を支える役目を果たしていることから、人間の本質や素質などを意味するようになったそうです。そして、コツは勘所や要領も意味するようになり、物事の本質を見抜き、自分のものにすることを「コツをつかむ」と言うようになったそうです。

 さて、竹刀を握るコツはなんですかと聞かれた時には、私なら「ふわっと握ってきゅっと絞める」と言うのですが、この「ふわっと」と言うのが実はとても具体的に説明しにくい。具体的な要領を書こうとするなら「人差し指は力を入れずに添え、中指と親指で輪を作って竹刀を支え、手の腹を竹刀を当てて小指全体でちょっとだけ絞める。」となりますが、この時に、ただ指の力を抜くのでもなく、かといってぐっと握るのでもなく。隙間が空かないように、でも遊びがあるように持つ。なんとも矛盾した表現かもしれませんが、これがコツと言えばコツなのでないかなと思います。勘所とも言うだけあって、実はコツとは言葉でなかなか説明出来ないものなのかもしれません。

 例えば、よく内側に絞るように竹刀を握りこむ人がいます。私個人の考えでは、内側に絞るのは大切なんですが、やりすぎると手首の動きを制限してしまう事になりますし、そもそも手首は親指方向の可動域は大きくないので、刃筋関係なく素早く当てるような竹刀の振り方であればいいのですが、この握りでしっかり振るようにすると、手首を痛めてしまうことがあります。やはり、手首は技を返す時にはよく使いますが、まずは手の内の作用が大切だと思います。でも、これも先生によって色々違ったりもするので、しかも言い方は違うのに最終的には同じことをやっていたりと、中々難しい所もありますが、まずは色々と真似してみて、工夫しながら自分に合うやり方を見つけられれば良いと思います。

 竹刀の握り方の一番の稽古は、やはり素振りです。ふわっと持ちながらも、やはり手先ではなく全身を使って打つような気持ちで、最後は刃筋がしっかり立って残心を意識しながら素振りをするのが良いと思います。以前は、ああした方がいいんじゃないか、こうした方がいいんじゃないかと色々試していましたが、何百万本も素振りをするうちに、ここじゃないかなという所が自然に身についたというところでしょうか。何百万本もと言えば多く聞こえるかもしれませんが、一日千本振ったとすれば十日で一万本、百日で百万本です。例え三日に一日素振りをするにしても一年でこれくらいにはなるのですから、何年も続ければ自ずからコツはつかめてくるはずです。

 帯の締め具合、大工道具の力加減、包丁の使い方、なんでもコツコツとやりこんでいるうちにコツと言うものがつかめるのではないかと思いますが、その為には常に考え、工夫し、先達の真似をしながら修業していくことが肝心でしょう。

 ちなみに「コツコツと」のコツコツは、正直に言えばネットで検索したところ「矻矻」または「兀兀」とも書くそうで、この矻という漢字の意味は「極めて苦労する、休むことなく勤勉に働く」という意味だそうです。中国の前漢(紀元前206年頃)の文人、王褒傳による作品の中に「勞筋苦骨,終日矻矻」(体を使い骨まで苦しい思いをしながら、一日中休むことなく働く)という言葉が出てくるように、昔から中国で使われていた言葉の様です。一方、兀と言うのは上が削られた山を形にした字で、高くそびえる、突出したという意味ですが、唐の詩人、韓愈の「進学解」という書の中で、「焚膏油以繼晷,恆兀兀以窮年」 (油に火を灯し昼夜なく読書を続け、常にコツコツと年を送る) てというように「突出=孤高=一人黙々と」というように使われている場合もあるので、これはどちらも同じ意味なのだと思います。(しかし、中国語での発音が矻矻「kù kù」、兀兀は「wù wù」。これがなぜコツコツになったのかはわかりません。)

 一生懸命努力を続ける。これこそがコツコツとの意味であり、コツを掴むための遠回りな一番の近道なのです。