第205号「肩甲骨を合わせる」

 「剣道をなさっている人は姿勢がいいですね」という言葉をよく聞きます。一般的に良い姿勢と言うのは、いわゆる背筋の伸びた姿勢です。しかし、背中に力を入れてピンと延ばして胸を張っているのが本当に良い姿勢でしょうか。

 肩甲骨を合わせるという言葉は、武道の中でよく使われる言葉です。背中の肩甲骨を背骨に寄せるようにすると、自然と胸が開くような形になります。しかし、実はこの表現には少し間違いがあります。「肩甲骨を合わせる」のではなく、「肩甲骨が合うように体を使う」というのが正解ではないかと思います。「肩甲骨を合わせて」というとその周辺の筋肉を使ってその動作を行ってしまう人がいます。すると、かえって無駄なところに力が入ってしまいます。ですから、「最終的に肩甲骨が合わさったような形になるように」と説明する方が的確な表現ではないかと思います。

 それでは、その形をとるにはどうしたらよいのでしょうか。

1. 肩の力を抜く。
2. 首の後ろを延ばす。
3. 鳩尾(みぞおち)と呼ばれる部分の反対側(背中側)を少しだけ斜め上前に持ち上げるような気持ちを持つ

 これだけです。無理に肩甲骨の周りの筋肉に力いれて寄せ、胸を張る必要はないのです。では、この形にすると何が良いのか。結果から言えば、関節のバランスが微妙に変わるので、背中側の筋肉を効果的に使いやすいという事になります。現代人は前側の筋肉に頼りがちです。前の力も後ろの力も上手に使って、さらに重力も上手に使う事を覚えれば、もっと楽に色々な事ができるのではないかと思います。

 では、本当に良い姿勢と言うのはどんな姿勢でしょう。良い姿勢と言うのは、男女の性別関わらず、重心が中心にある姿勢です。重心が中心にある為、重たい頭を上手に支え、無駄に筋肉を収縮させない、つまり力の抜けたバランスの良い姿勢という事です。武道の達人は少し猫背に見えるという説もありますが、それは肩の力が抜けた状態で、威嚇するように無理に胸を張っているように見えない事を表現したもので、本当に背中を丸めている訳ではありません。実際に、腰を曲げてよぼよぼと歩いていらしたご高齢の先生が、竹刀を持った途端に背筋がピンと伸びて、若い剣士達を圧倒していらっしゃったのを何度も見た事があります。

 もちろん、女性と男性では骨格、特に重心の要となる骨盤の角度や形が違いますから、立ち姿、歩く姿や座り姿はやや違うもの、やはりすっと首筋がまっすぐ肩の力が抜けて重心が安定している形という事では同じであると考えます。例えば女性の着物姿でも、ただ首の後ろを延ばすだけでは、首が少し前に伸びてしまいます。背中のこの部分をほんの少し意識するだけで、優しい着物姿の中に凛とした感じが出るのではないでしょうか。それこそが、うなじに色気が漂う、大人の色気のある女性の着物姿だと思うんですがねえ。やっぱり自分は剣道も弱いが、女性の色気にはもっと弱い...。

第204号「自然体」

 パース桜剣道クラブには子供たちの他に、お父さんやお母さんになってから剣道を始めた人も少なくありません。多くは三十代から四十代です。それに、普段は仕事でなかなか稽古が出来ないメンバーもいます。そんな中年剣士たちが、どうやったら怪我無く効果的に剣道が上達し、楽しく稽古が出来るか、という事をいつも考えています。

 自分が色々な仲間と一緒に稽古する中で、以前の自分の剣道と比べて変わったのは、体の使い方です。まだ試合に出ていた三十代中頃から、次第に怪我が多くなりました。そして年齢を重ねるごとに怪我が治りにくくなってゆき、稽古を休まなければならない事も多くなりました。また、次第に仕事も忙しくなり、稽古に参加できる時間も少なくなり、一人稽古の時間も多くなりました。それが、自分の剣道の質も変えてゆかなければならないと考え始めた理由です。

 最初は少ない稽古時間の中で、いかに鍛えて強い筋肉を作るかという事を考えていましたが、体に負担がかかるような動作は、実は本来の武道的な力を使った動きではないのではないかと考えるようになったのです。そして、次第にいかに効率良く体を使う事ができるかという事を考えるようになりました。

 それからは、剣道だけでなく、古武道や他の武道、スポーツの事も色々調べて参考にしました。おそらく天才と言われる人たちが、自然体で行っていることであろう効率的な体の使い方を、知識と努力によって少しでも理解し活用することが出来ればと思ったのです。

 さて、人が意識せずに移動する時、すなわち普通に歩き出す時には、どこに力が入るでしょうか。自然な体重移動とは、全力で走る時のように、前方に移動する側の脚を持ち上げたり、また後ろの脚で蹴ったりするような動作はありません。両脚の筋力を最小限に使って、前方に片足を平行移動しながら両足の膝の力を上手く抜く事で重心をスライドさせることで、重たい頭や体をバランスを崩さないように運んでいるのです。

 では、なぜ膝の力を抜くのか。それは重力を使うためです。この重力を上手に使う事が、誰もが考えずに行っている、歩き方のコツであり、この動作に自然に移る事が出来る立ち方こそが自然体なのだと考えています。

 どんな武道でも、まずは立ち方を身に着ける事がとても大切なのではないか、という事に気が付いた時、やっと武道の入り口に立った、というより自分自身が初めて立ち上がった赤ちゃんのような気がしました。

 最後に、いかなる時でも本当に自然体でいること、体だけでなく心も自然体である事は、思うよりずっと難しいものです。意識している内は自然体ではありません。武道だけではなく、普段の生活の中でも、何か心が揺れ動くようなことがあった時に自然体でいる事の難しさたるや、筆舌に尽くし難い事もあります。それでも、すべて受け入れて、自然体でいる事。 強く柔らかい心を持って、前を向いて立ち続けること。受け流すだけではなく、柔らかく受けとめる内なる力を持つこと。その為にしっかりと自分の足で腹を据えて立つこと。

 私自身の修業もまだまだ続きます。

第203号「至誠而不動者未之有也」

 先日、私が校長を務める補習授業校の終業式の訓示で、生徒たちに書道の話をしました。

「書道に使う筆には馬、羊、鳥など色々な動物の毛が材料として使われます。
書家は色々な書体や表現に適した筆を使い分けるそうですが、使い分けるというより、その材料の筆でしか書けない字、極端に言えば筆一本一本が違う個性を持ち、その筆でしか書けない文字や表現があるといいます。
これは人間も同じで、一人一人が違う個性を持っています。そして、必ずその人にしか出来ない事があるはずです。もし、多くの事が他の人より苦手でも、たった一つでも、他の人より飛び抜けて上手に出来る事があれば、それはとてもラッキーな事です。そして、そこまで上手ではなくとも、
一生懸命努力していれば、たくさんの心動かされた人たちが支えてくれるはずです。
多くの仲間ができれば、素晴らしい人生を送ることが出来るはずです。
だから、本当に好きで得意な事があったら、それをとことん頑張ってみるのも良いと思います。」

 剣の道のりは長く、その中で何度も悩み、つまづき、失敗します。
どんなに努力しても思った通りの結果が出るとは限りません。寧ろ、出ない事の方が多いのではないかとすら思います。
それでも諦めずに続けていく中で、次第に自分の剣道が出来て来ます。
言い換えれば、剣道に表れる個性が、得意技や戦い方などの技術的な個性から、その人の人生や考え方に変わって来るのです。
そういった意味で、みんなが同じ剣道を目指す必要は無いと思います。
それぞれの、その人の生き方を重ね合わせた剣道があるはずです。
そして、そういうことを少しづつ理解し、誠の心、感謝の心で稽古を重ねて行くと、たくさんの同じ道を行く仲間ができるはずです。多くの人を思いやりの心を以て受け止める事が出来るようになるはずです。

 誠という文字の持つ意味は、嘘偽りのない心という意味です。
誠の心を尽くすとは、成し遂げようと思っている事に一心に打ち込む、
淀みのない心の事です。その一心に打ち込む人の姿、そして成し遂げられた結果が、人の心を打つのだと思います。
「至誠而不動者未之有也(至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり)」
という言葉があります。至誠とは誠の心を尽くすという意味で
「誠の心を尽くせば、これに心を動かされない人はいない」
と言う意味の孟子の言葉です。

 こうしてできた仲間や、導いて下さる先生方、支えてくれる多くの人々がいるという事は、人生の大きな財産だと思います。剣道を通じてこういう目に見えない財産が出来るという事は、本当に素晴らしい事だと思います。
多くの子供剣士や、大人になって剣道を始めた剣士の皆さんにも、稽古を通じてこういう想いが伝わればと思います。