第201号 「価値と評価」

 一年はいつも振り返ってみると実に早いものです。限られた時間の稽古の中で、他の武道やスポーツのみならず、仕事や人間関係などでも重なる部分を発見したり、反対に普段の生活の中で、ふと気がついたことが剣道の稽古に大いに役に立ったりすることもありました。

 稽古の成果として相手に勝てるような技量が身につく事は大変嬉しいものです。しかし、同時に「人はどうあるべきか」という内に向かう心の在り方や、「自分と他者や社会とのつながりはどうあるべきか」というような外に向かう心の在り方、体の使い方に対する今までとは違った考え方、こういう事を剣道を通じて考え学ぶ事が出来るようになった事も、剣道の修業の喜びだと思っています。

 いかに勝負に勝つか、という事を考えていた若い頃(中級者だった頃)と比べると、より深く大きな剣道の世界の入り口を少し覗き見ることが出来るようになった事は、大変うれしいことです。そして、同じ道を歩み続ける多くの仲間が出来た事と素晴らしい先生方とお会い出来た事は、何よりの財産です。

 さて、剣道に対して他人はどのような視点で見ているでしょうか。剣道は素晴らしい。自分は剣の技術の習得の為の稽古を通じて、心身を鍛え磨くために修業をしている。しかし、それも多くの人にとっては、ほとんど重要な意味を持つことではありません。

 日本人は剣道に対して、剣士の立ち姿や座り姿などから「姿勢の良さ」、大きな気合や激しい稽古のイメージから「厳しい修業」、厳しい礼法から「礼儀正しい」という連想を持たれる方が多いと思いますが、いずれにせよ剣道に対して理解している人は、決して多くはないのではないかと思います。ですから、例えば私が審査に合格しようが、試合でどんなに素晴らしい結果を残そうが、それが血のにじむような努力の結果であっても「剣道〇段?すごいね。」「へー、学生の時、〇〇大会で優勝したんだって。」で終わってしまうのが、世間の剣士に対する評価であると思います。残念なことですが、同時に当たり前の事だとも言えるでしょう。

 こんなことを書いていると「他人に評価される為に剣道をしてる訳ではないでしょう」と言われるかもしれませんが、実は私が書かせて頂いているのは、剣道の「評価」ではなく「価値」の話なのです。

 価値というのは、自分が決められるものではなく、他の人が決めるものです。私がいくら「剣道はこんなに楽しくて素晴らしいんだよ」とただ口で言っても、他の人にはなかなか伝わりません。むしろ、そればかりでは単なる独りよがりの意見でしかありません。

 しかし、「剣道を始めて生活に張り合いがでるようになった」「自分の弱さと向き合うことができた」「子供に自信がついた」「子供がちゃんと挨拶が出来るようになった」「体が丈夫になった」など、自分が剣道を始めて良かった、子供に剣道を始めさせて良かった、と多くの人が思ってくれるなら、それこそが剣道の本当の価値なのではないかと思うのです。

 でも、私自身の指導者としてのレベルが低ければ、決して学習者の成長を助けてあげることはできない。本当の剣道の面白さを教えてあげることはできない。強くなる技術や強く優しい心を持つことを教えてあげられない。だから、私も良い指導者となるために、懸命に稽古をするのです。強い剣士が必ずしも良い指導者になるとは限りませんが、良い指導者は良い剣士であるべきだと思うからです。そして、その時に初めて、自分が道場で教える剣道の価値、そして生涯目指し続ける剣道の価値を、周りの皆さんに知ってもらう事が出来るのではないかと思います。

 剣を通じて誠に至る自分の道を行く為に、そして剣道の価値を理解して貰えるような剣道が出来る、良い剣士であり良い指導者となるために、今年も一層、笑顔で努力をしていきたいと思います。

 という事で、本年もよろしくお願い申し上げます。