第197号 「人を見る難しさ」

 剣道は見るのが難しい競技だと言われます。
いわゆる「一本」はスピードもさることながら、
判定基準が難しく打突部位に竹刀が当たるだけでなく、
そのタイミングや姿勢、構えなどの打つ前の動作、
打った後の残心と言われる動作や選手の気合いなど、
いわゆる「一本」の条件を満たす為の細かい要件が必要で、
これを理解しなければ、なぜ旗が上がったのか、また
上がらなかったのか、さっぱりわからないからです。

 ですから、剣道の昇段審査もなかなか難しいのです。
それは受審者だけでなく、審査する方も同じです。
審査では勝ち負けとは異なる部分が求められ、
高段者になると有効打突の他、つまり競技としての
剣道の技術以上に求められることが、さらに多くなってきます。

  受けた本人もなぜ落ちたのかわからず、先生から
アドバイスをもらって初めてわかる時がありますし
自分で思うように相手に打ち込めず、ダメかなと
思っても、その立ち合いからわかる、普段の稽古の
姿勢が認められて合格する場合もあります。

 段位や級には、その段位に応じた包括的な審査基準
があります。例えば初段は「剣道の基本を修習し技倆
良なる者」、四段は「剣道の基本と応用を修熟し、
技倆優良なる者」というようなものです。

 ただ、その細かい部分は審査員の剣道に対する
見識と観念によるものです。
ですから、審査に臨むにあたって、審査員の先生方が
その段位にどんな剣道を求めているのかという事を
理解していなければなりませんし、また審査員も
共通の見解を持つようも、講習会などで勉強や
稽古に励んだりしているわけです。

 通常審査員は当然高段者が務める訳ですが、その
高段者の先生方も自らが苦労して審査に合格して
来たのですから、その剣道観を反映させた審査
基準になるところが大きいでしょう。

 以前に剣道通信で書いたことがあると思いますが、
「あなたの打ち込みが、私の心を打たないのは
なぜだと思いますか?」
という問いを偉い先生から与えられて、何年も何年も
悩み続けたように、その求められるところには、
言われなければ気が付かない事もたくさんありますし
また、自分で考えて稽古で得ることも必要です。
 そして、それこそが自分が挑もうとしている審査に
求められるところ、先生方の剣道に対する目なのです。
それが、自分が審査をおこなう時の目になるのです。

 さて、審査員の問題として、たとえば外国などで
審査員や指導の経験が少ない有段者が級や初二段の
審査などを行う時には審査員として注意が必要です。

 自分の経験不足から判断を批判されるのを恐れて、
審査の基準を必要以上に厳しくしすぎてしまったり、
年齢や性別などへの適切な配慮を欠いていたり、
必要ではない部分で判断してしまったりということが
ないようにしなければなりません。

 そして最も大切な事は、審査員として剣士の
「何が出来ていないか」ではなく
「何が出来ているか」を見ることです。
「何をしようとしているか」を見ることです。
そこから、普段の稽古が見えて来るからです。
剣士として目指すところが見えて来るからです。

 特に子供の審査は、稽古を継続する励みに
することが目的ですから、審査員としてその辺を
踏まえて判断することも必要だと思います。
その上で厳正な判断を下すべきです。

 以前、私が審査において、合格したけれど、
立ち合いの内容に自分で満足できなかったことが
ありました。その時に審査をされた先生が、
こうおっしゃって下さいました。
「十分な実力を持って受けた段位に合格する人は
ほとんどいない。ただ、このまま稽古を続けていけば、
良いその段の剣士になるであろうという人が合格
するんだよ。」

 やはり審査する方も、される方も、たゆまぬ
普段からの努力であると心が引き締まる思いです。