第189号 「模倣と創造」

 前回、模造品の話をしました。まずは、こんな
名言をご紹介します。

「すべての創造は模倣から出発する。そして
創造が真の意味の創造であるためには、その
創造のための模倣が、創造的模倣でなければ
ならない。もっと簡単に説明すれば、芸術家
の盗み方に創造の秘訣、あるいは独創性が
隠されているのである。」
-池田満寿夫 芸術家・作家

 例えば、日本で売られている剣道着や袴が、
全く昔と変わらないということではありません。

 快適さを求めて素材を使ったり、色落ちの
防止加工がしてあったり、襞の後ろに分からない
ように縫い目をいれて、たたみやすくしたり。

 袴としての基本的な部分は変えずに、使用者
にとってより使いやすい形を考える。
そのためには、なぜその基本的な事が大切なのか
理解しなければなりません。
なぜなら、基本が違うと、それは似ていても
全く異質なものになってしまうからです。

 そして、それは剣道の稽古にも言えるのです。

 上達の為には、教わったことをそのまま繰り返す
だけではなく、自分なりに色々創意工夫して行く
ことが大切です。

 しかし、それはあくまでも基本を守った上での
話です。剣道という競技としてだけでなく、歴史
のある武道として守らなければならない基本的な
考え方があります。そうでなければ、それは剣道
ではなくなってしまうのではないでしょうか。

 武道はマーシャルアーツと英訳しますが、
本来であればそれを和訳する言葉は「武術」です。
実は武道を本当に英訳する言葉はありません。
 
 ですから、その術を道にする為の哲学を、ただ
勝手な解釈ではなく、先人の経験と知恵をもって
理解することが大切です。

 相手を日本刀で倒す技術。その練習の方法。
そして、長く厳しい稽古を通して身につけた精神力と
洞察力で、その技術を使わずに危機を回避する方法。
それらの力で相手を倒さずに修める方法。

 人を活かし、自分を活かす。それこそが、
まさに道のたどり着く所であると考えます。
これこそが、偽物ではなく本物の武道ならでは
こそたどり着くことの出来る、真似の出来ない
「道」なのではないでしょうか。

 また、そこにたどり着くには、苦労しながら
あれこれ自分で考えながら研鑽を重ねて、技術だけ
ではなく自分の心に目を向けるようになった時、
本当にそういう考え方が身につくのではないでしょうか。

 日本国内外にありがちな、怪しげな剣術道場や
人を殺傷する技術しか教えない似非武道クラブも、
そして小手先の技術で相手に勝つ事しか興味の無い
剣道愛好家や、体罰のような指導しか出来ない
指導者も、どうせ模倣するのならこういう心こそ、
まずは模倣して欲しいと思います。