第184号 「自分の信ずるところ」

 竹刀は刀か、という話は以前にも書いた事があります。

 薄学な小生が語るまでもなく、18世紀中頃に
中西派一刀流が鉄面と竹具足式防具をつけての
竹刀での打ち合いによる稽古法を始めて以来、
ずっと何百年も議論されてきた事です。

 竹刀は刀であるという前提で剣道の概念は成立しています。
しかし、本当に刀で斬るように面を打っているかというと、
打突する部位に限っては、必ずしもそうではありません。

 ここからは個人的な見解です。

 胴の技術は基本的には同じだと思います。
刀を使って斬るような打ち方が、やはり正解だと私は考えます。
ただし、点で打つような打ち方では充分に斬れませんので、
しっかりと振ることが肝要と考えます。

 小手もそうです。ただし、あまりに軽くて速い打ちでは斬れない
という意見もあるかもしれませんが、そもそも斬り落とすために狙うのは
手首の関節部分ですし、大きく振らずとも、手の内の締った強い打ちであれば
おそらく可能でしょう。また、剣術の流派によっては
手首の内側の血脈や筋を斬り、相手の攻撃を止める技もありますから
強度に関しては技によると思います。

 ただし、現在の小手の有効打突部位は防具の形を
鑑みた稽古上の安全を考慮しての事と考えます。
剣道には安全上の点から、手首や、その内側を
攻撃するような技はありません。

 さて、面です。基本動作は斬る動きになっていますが
実戦的と言われる竹刀で打つ打ち方では、あくまでも「打つ」です。
手の内を利かせた、速い竹刀捌きの事です。
実際に斬る振り方だとどうしても、竹刀捌きの時間と
部位に竹刀が届くまで距離に差が出てしまうので、
剣道における面打ちは、しっかりと手の内の締った
強いものでありながら、あくまで打つ事を主眼とした動作になります。

 もちろん、高段者の先生方の中には、実際に刀を使うような
竹刀捌きで面を打つことを第一とされている先生方や、
その様な指導をされている道場もありますから、
一概には言えません。

 ただ、ここで大切なのは、竹刀なのか、刀の技術なのか
どちらが正しいのかということではなく
何を当面の剣道の修行の目標としているかだと思うのです。

 例えば、剣道の高段者の先生方でも模擬刀で
形稽古はするが、実際には本当の刀で試し切りを
したことはないという先生方もたくさんいらっしゃいます。

 しかし、実際に刀をとって戦うという事を
目指していないのであれば、コンセプトは刀、
技術は竹刀、という事でも、まったく問題はないと思います。

 個人的には、武道の修練においては主眼を心に
置くべきだと考えます。刀の技術なのか、
竹刀の技術なのかは、それぞれ個人の見解の違いで
良いと思います。試合に出るからには、竹刀の技術もl
身に着けなければなりませんし、剣道に対する理解
という事を考えれば、正しい刀法と理念を知らなければなりません。

 現行の全日本剣道連盟の試合の規則でも、有効打突の
条件の中に「刃筋正しく」とあります。このように刀の観念は
無くてはならない物です。

 と同時に、戦う技術だけでなく、その剣道の稽古で
磨いた心構えを、生活の中で役に立てるものとする
という事を考えていかなければならないと思います。

 これが小生にとっての剣道の目標です。
試合に勝てないかもしれませんし
スマートではないと笑う人もいるでしょう。
勝負は勝たなければ意味がないと言う人もいるでしょう。

 試合も含めて修練の為に色々な稽古をすることもありますが、
やはり、ここだけは曲げられない自分の信ずる所であります。

 その稽古の中で、なるべく相手に打たれないように、
より早く相手に竹刀を当てるという事ばかり
主眼に置いている稽古をしているのであれば、
ここと言う時に全てを捨て、全身全霊で
前に進むような心構えはできません。

 やたらと隙を盗んで、ただただ相手を
ひっぱたくようなこずるい稽古をしていれば
相手と心を合わせて、受け止めるような心構えはできません。

 自分は打たれたくない、だけどなんとか自分だけは上手に勝ちたい。
自分が勝てればそれでいい。自分さえよければそれでいい。
何事でもその様な姿勢で臨む人を、あなたは信用できますか?