第176号 「変わるべきもの、守るもの。」


 土曜日の稽古も仕事も終わり、めったに自宅では晩酌しませんが
家族が寝静まった今、久々に手酌で一人酒をしています。

 飲んでいるのは「鳥飼」というお米で作った焼酎です。
これが大変おいしいお酒でして、キンキンに冷やしてロックで飲むと
外で仲間と飲むようについグイグイ飲んでしまいます。

 この焼酎なのにフルーティーな舌触りのすっきりとしたお酒は
世界的な賞を受賞しているそうですが、実は地元の品評会では
最初は酷評され続けたそうです。

 昔からの焼酎を作り続けている土地柄では
「こんなのは焼酎じゃない!」というところなんでしょうね。

 つまり、そのものに対する概念には当てはまらないけど
概念を外したところで考えると、すばらしいと評価される。
昔ながらの焼酎が好きな人には焼酎としては物足りないけれど
海外の焼酎になじみのない人たちからも受け入れられたということです。

「なんだよ、そんなド素人見てえな酒飲めるかよ。
焼酎ってのが芋のツーンとしたところがよ...」
って方は、それでも全然いいと思います。
こだわりを持つこと、大いに結構です。

 ただ、どこにこだわるかは人によって違います。
それをむやみに否定すべきではないと思います。

「...だから...でなければならない。」
「...だから...であるべきだ。」
これにとらわれ過ぎることは、とても危険な事だと思います。

自分の価値観にとらわれ過ぎると、価値観の合わない相手を
否定する事でしか自分のアイデンティティーを
維持できなくなるからです。これの何が危険かというと
いつの間にか自分の力や技量が落ちてゆく事に
気が付かなくなる恐れがあるからです。

 伝統的を重んじて守らなければならないところ、そして
自由な発想を持って変わって行くべきところ。
見極めが大切ですが、思いきることも大切です。
着物の世界でも、古民家などの建築でもそうです。
伝統芸能の世界ですらそうです。

 柔軟な発想で、古きを尊び、自分の筋を通すこと。
何をにおいても、こうありたいと思います。
もちろん、剣道でもそうです。

 あー、こうしているうちに、
どんどん瓶の中身が減っています。
今夜のおつまみは、これまたさっぱりアボガドの刺身と
きゅうりとワカメの和え物です。

 今夜はめったに晩酌をしない小生の
一人宴会が続きます...。