第173号「言われて許せないこと」

 人には言われて許せることと許せないことがあります。
例えば、それが自分の事や過去のこと、身内のことであったり
いわれのないことであったりもします。

 私も教師とはいえ人間ですから、腹立たしいこともたくさんあります。
しかし、最近めずらしく声を荒げてしまったことがありました。

 日本語の授業で職業や社会的地位の単語について
説明していた時のことです。

 国王、総理大臣の話になり、当然日本の国家元首は
国王ではなく天皇陛下でありますから
天皇という単語を説明したあと、しかし当然ながら天皇は
地位そのもののことであり、普通は英語でのマナーと同じく
天皇陛下、皇后陛下と呼ぶという説明をしました。

 その時、ある生徒が「先生、日本の天皇陛下は歳をとっていますか」
と聞きました。私は「陛下は決してお若くはありませんよ」と答えました。

 すると、その生徒はふざけて「では、太っていますか」と質問をしました。
私は「太ってはいない」と答えたあと、
「私の国の国家元首に対してそういう冗談は言うべきではないよ」
と答えました。するとその生徒は聞きました。
「それでは皇后陛下はどうですか」と。

 それに対する私の返事は「ふざけたこと言うんじゃねえ!」でした。
(日本語ではありませんが、それに相当するような英語で
やや気合の入った声だと思って下さい。)

 普段はクラスでまず声を荒げることのない私ですから、
クラスの空気が一瞬にして凍りつき、生徒の顔はひきつりました。
すぐに、その生徒と他の生徒たちは、それがいかに私にとって
重要なことであるかに気がつき、あわてて取り繕う様に
天皇制に対して今度はまじめな質問をしてきましたので、
私も何事もなかったように答えましたが
普段はいたって真面目で明るい生徒たちで、
私もかわいがっている生徒たちですから、
まさかこの質問が引き金になるとは思ってもいなかったと思います。

 この私の態度は、たまたまその日は風邪で鼻水もひどく
次第に熱が出てきて、かなり精神的に余裕がなかったのを差し引いても
教師として全く褒められたものでありませんが、
ただ、ここはどうしても私自身の曲げる事ができない部分なのです。

 つまり、その国の元首の行いについて、一個人の意見として
理論的に批判するならまだしも、非人道的なことは何一つしていない
国家元首を単なる冗談のネタにすることは、
その国を侮辱することと等しいことと私は考えています。

 特に天皇は日本国の象徴であり、二千年以上前はともかく、
現在では武力を楯にした独裁的支配者などでも、単なる権威の象徴でもなく、
その立場はいわば宗教的、精神的指導者です。
天皇制に賛成か反対か、歴史観に反対か賛成かなどと言うことは別にしても
私には非常に無礼な行為のように思えました。

 というより、どうも親の悪口を面と向かって言われたような、
そんな気がして、いくら悪気は無いにせよ、若者の冗談と
笑ってやりすごすことができなかったのです。

 しかし、ご存知のとおりオーストラリアもイギリス連邦のひとつで
実は立憲君主制、国家元首はイギリス国国王(現在は女王)なんですが、
本来、古い歴史を持つ国の国家元首というのは
国民の精神文化に密接な関係をもつはずで、
しかしながら、国家元首がそもそもその国に住んでおらず、
支配下にもないという事は、その若い人たちの国家元首に対する
意識やとらえ方は、日本人とは大分違っているのかもしれません。
(そもそも、共和制にするかどうか投票があったくらいですから。)

 そういったことも踏まえて、若い日本人たちにも、
自分の国に天皇陛下がいるという意味を考える機会を
もっと持って欲しいと思います。

 しかし、これくらいだったら普段の私であればもっと
頭のいい対応ができたところを、体調不良だったとはいえ
声を荒げるというお粗末な対応しかできなかったところは
プロとして猛省です。

 ということで、久しぶりの剣道通信なのに
今回も全く剣道に関係のないまま終わってしまうことをお許し下さい。


追記

 共和制の国のように直接選挙で選ばれた大統領ならまだしも、
与党内部の力関係で選ばれた党代表の総理大臣などが
仮に政治の覇権争いばかりで、自己の利益と保身の為に
間違えた判断を下し、国家と国民に不利益を与えるようなことをすれば、
こき下ろされるのは当然のことと考えるのは、どこの国でも変わらないようです。

 ましてや、独裁政権で国民の望まない指導者が国を治めることに関しては
決してあってはならないことであると思うのは世界共通であるはずですし、
また自分の国の政治を批判する自由が無い国も、また人民は不幸であると思います。