第165号  「新たに知ること」

 先日、ディズにーランドに行ってまいりました。少なくとも15年ぶりです。

 実は子供を連れて行ったのは初めてで、
子供たちにとっては念願の初ディズ二ーランドです。
実家が東京の端の方なので
「混んでて並ぶのも面倒くさいし、いつでも連れて行けるからいいか」
と連れて行った事がなかったのですが、
行きたいという希望が数年前から子供たちから出ましたので、
つれて行くことにしました。

 まあ、小学生男子なので、そこまでディズ二ーファンでもないんですが、
やはり東京と言えば押さえておきたいと場所いうことでしょうか。

 親子で最もたのしみにしていた「スターツアーズ」が
改装のため観ることができなかったのが辛いところでしたが
それでも、初めての子供たちにとっては楽しい経験になったようです。
平日でしかも場内にはまだ前日の雪の残る極寒の日だった為、
待ち時間は平均15分くらいで、ファーストパス無しでも
かなり色々回ることができました。

 で、場内には色々なディズ二ーキャラクターの着ぐるみが歩いていて
写真をとったりできるんですが、主役のミッキーマウスの場合は
やっぱりミッキーの家に行かないと一緒に写真撮影ができません。
さすがメインキャラです。出し惜しみです。
このミッキーの家の入場だけ45分待ち。

 こんなに並びたくない!という子供との合意で
前を何度も通るものの、並ぼうとは思いませんでした。
しかし、夜のエレクトリックパレードが終わった直後に
偶然近くにいたので念のため時間をチェックしてみると
今なら20分待ち。しかも閉園まであと30分です。

 やっぱり並びました。子供たちも心の底で
ディズニーランドに来たらシンデラ城の前と
ミッキーと一緒の写真がなければ
やっぱり後悔すると思ったのでしょう。

 そうです。人間というのは、やっぱり
欲望にも勝てず、虚栄心が多く、
自己の欲求で動いてしまうものなのです。

 しかし、そこんところをあまりにも
抑制してしまうと、人生は楽しくない。

 まあ、実はそういう事に限って
本当はどっちでもいいことが多いのですが
やらずに後悔するよりは、やって後悔したほうが
気持ち的にはスッキリすることが多々あります。
で、この場合がそうです。
(というのが自分自身への言い訳です。)

 そして、散々並んで念願のミッキーとの写真撮影。
有料の撮影以外だと、手持ちのカメラでは1グループに1枚のみです。
慌ただしくスタッフにスマホを渡しての撮影。
ミッキーとの感動もへったくれもあったもんじゃありません。
あっという間にならんです撮影終了。
ミッキーと子供たちはあわただしくハグをしました。

 そして、さっさと出ようとしたお父さんの私に
ミッキーが近づいてきて…しっかりと抱きつきました。

キラリーン!(何かが光った音)

 この瞬間です。私はミッキーマジックにかけられたのです。
「おーっ、ミッキーマウスが俺にハグ!!かわいい!
なんだかスゲー幸せ!」

 こうして、心の中に何か温かいものを得た私は
ディズニーランドファンになり、
こうやって、毎年何百万人もの人たちが
夢の世界の住人の虜になっていくのです。

 と、このように何気ない出来事の中で、
突然自分の気持ちが変わる瞬間
というのが誰にでもあります。
 自分の中に眠っていたことに気がつく場合もありますし
全く新しい発見であることもあります。

 しかし、どんな変化にせよ、それは次へのステップへの
過程でありますから、大切にしなければなりません。
剣道に限らず、どんな事でも、そういう小さいことの積み重ねが、
上達につながるのではないでしょうか。

と、強引に今回もまとめてみましたが
どうでしょう。

第164号 「年の始めの」

 みなさま今年もよろしくおねがいします
と、一月も半ばになってからの新年のご挨拶になり
申し訳ございません。

 発行時は週に一回の発行を意地で通してきた小生も
最近は色々と忙しく、なかなか書く時間がみつからずに
ひどい時は数週間も間が空いてしまうこともあり
「どうなってんですか?」とご意見を頂く事も
多くなりました。

 しかし、逆に言えば、こんな未熟者の拙文でも
読んで頂いているんだなあとうれしく思っております。

 さて、皆様から「一体どんなところからネタをあつめているの?」
というご質問をよくいただきます。

 これは、もう何ともお答えしようが無いのですが
とにかく、日々の生活の中で自分の心に響くことがあれば
それを話題にして、そこから書き広げて行って...
ということになります。

 剣道もそうですが、何事にも道があります。
道と言うのは、つまりは心のありかたです。

 ゴルフにも、野球にも、サッカーにも道はありますし
スポーツや芸ごとだけでなく、いわゆる職人さんの仕事だけではなく、
おそらく公務員やサラリーマンと、十羽一からげで呼ばれる仕事にも
当然ながらそれぞれの専門の分野があって、
そこにこだわりと真心をもってやっていればきっと道があるはずです。
社長秘書にだって「秘書道」があってよい訳ですし
受付嬢でも「受付道」があるはずです。

 しかし、何事においても技術ばかりでは道はありません。
単に技術を伝える集団であれば、単にマニュアルがあればいいわけです。
技術に付随した、その技術を持つ人の仕事に対する信念や克己、
そういった「心」こそが道であると考えます。

 また、仕事ではなく単なるコレクターやマニアと呼ばれる人たちも、
そこにはこだわりや「愛」があって、突き詰めてゆけば
道があるのではないでしょうか。

 つまり、そのことを感じようとすれば、
他の道からもたくさん学ぶことがあるのではないかと、
こう思う訳です。剣道通信ですから、当然ながら最終的には
剣道に結び付けて書きますが、その心の作用や人が決めた部分というのは
意外に共通することも多く、そこがまた面白いと思うのです。

 剣道を修行することは、戦うことで自分の心を強くすること  
その中で人生を見つめ、人の心を知り、そこに自分自身が
どのように生きてゆくかを見出すことです。
私たちは人生の極意を知るために、修行をしているのかもしれませんね。

 と、偉そうなころを書いていますが、実はこれは自分自身の勉強だとか、
逆に読んで頂いている皆さんを啓蒙しようとか、そんなことはまったくなく
単に書いてゆく中での新しい発見が言葉になってゆく喜びとでもいうか
そんな感じです。

 そして、さらにこんな偉そうなことを書いている小生も
散々酒を飲んでカラオケで調子に乗りまくって、終電で寝過ごして
マンガ喫茶に一泊し、酒臭いまま朝のホームで始発を待つような
おちゃめで情けない人間です。

 ですから今年も一応先生と呼ばれる立場上の上から目線だけでなく、
修行者としても横から目線、駄目人間としても下から目線と、
色々な視点で皆様と色々な「道」を共有させて頂ければと思います。

本年もよろしくお願い申し上げます。