第163号 「世界を友として」

 先日、某局の番組でシンガーソングライターの
佐野元春氏が講演をしているのを見ました。
その中で、彼はソングライティングに関して
この様に述べていました。

「ソングライティングは。世界を友とするための道具。
 世界と対立することではなく世界と和解するための作業である」

 まさに、剣道もそうであるべきだと思います。
相手を倒すことも大切なことですが、それ以上に
相手と誠の気持ちで戦うことによって、人との交友を深める
ということが、現代の剣道では大切な事だと思います。

 人との交友を深めるためには、自分の本当の気持ちで
人と接することです。「どんな手を使っても勝ってやろう」
「なんとか相手をだましてやろう」という気持ちは、相手に伝わります。
これでは本当に誠の気持ちで接することはできないのではないでしょうか。

「ソングライティングは、自分である為の確認作業。」

 つまり自分とは何者であるか、さだまさし氏いわく
「心の中に釣り糸を垂れる」というように
自分の心の中にどんな葛藤や疑念、そして想いがあるのか
それを正面から見つめ、対峙していく事。
これが剣道のもっとも難しい部分であり、
また、生涯続けることのできる魅力であるのではないでしょうか。

 また良い作詞の条件のひとつとして「自己憐憫にならないこと」
があげられていました。多くの作詞家が「俺はこんなに恵まれていない」
「わたしのかわいそうな気持ちをわかって」
という表現に陥るそうです。
「こんなに努力しているのに」
「俺はこんなに強いのに」
「これほど剣道のことを知っているのに」
知らぬ間に陥ることのないようにしたいと思います。

 そして、最後に総括でこんなことを言っていました。

「はっきり言って曲作りのルールなんてどこにもないから、
結局のところ自分で見つけるしかない
もしあるとしたらそれは、聴き手には面白がってもらえ、
同業者からは盗まれるように作れ」

 そう、先生方からの教えや先生方、仲間たちとの稽古を通じて
最後は自分自身の剣道を見つけるしかないんだと思います。 
そして、いつか、私も「あんな剣道がしたい」と言われる様に
日々研鑽をしたいですね。

第162号 「徒弟制度」

 昔から、いろいろな職業技術を学ぶためには
日本ばかりでなく、アジアやヨーロッパの国々でも
徒弟制度がありました。

 元々は親から子供に伝えられていた職業技術が
いつしか職業集団を形成するようになってから
自分の子供ではなく、その集団に帰属する者に
高い技術の伝承をすることとなったのです。
 
 ヨーロッパの手工業ギルドのような徒弟制度は
商人ギルドに対抗してのものでしたから、
そのギルドの力を維持する為の技術の伝承には
「親方が弟子に教える」という
手取り足取り指導する方法がとられていたようです。
ただし、同時にその技術が流出しないような措置も
とられていました。

 秘密結社と呼ばれている団体の代表といえば
世界中に支部がある有名な「フリーメーソン」ですが、
一説には、彼らも元は高い建築技術を持つ
中世ヨーロッパの石工のギルドから始まったもので、
技術が外部に流出しないように、マスターを頂点として
技術や職人としての心構えなどを教えながら
儀式などを加えて団体の結束力と機密性を
高めていったのが始まりと言われています。

 それに比較すると、日本における徒弟制度は
長い修行の中で「工夫して技術を盗み、親方を追い越せ」
と言うような方法がとられていました。
 
 料理人でも、大工でも、まず見習いからはじまります。
そして、掃除や片付け、準備をしながら仕事の流れを覚えます。
そこでは技術以前の職人としての心構えをを叩き込まれます。

 その中で、見よう見まねで先輩や親方の行動を真似て練習し、
小さい仕事を与えられるようになった時に
その仕事が上手にできるようになれば、次の仕事を任せられます。
そこで厳しく徹底的に技術を指導されながら、
最後は人に指導できるくらいの高い技術を身に着けて
今度は自分が親方になることができます。
このプロセスは武道の修行も非常に似ています。

 さて、日本と西洋の徒弟制度の違いといえば、
組織としての技術の伝承か、個人としての技術の伝承か
という違いになるのではないでしょうか。
ギルドでは組織に属した技術者としての
高いクオリティーを身につけていなければなりません。

 一方、日本の職人は、それこそ腕一本で
世の中を渡っていける様に技術を磨きました。
技術が高くなければ収入はありません。

 しかし、双方に共通点があります。
それは、職人として高い技術とプライドを持つ
ということです。

 プライドというのは、他の人との差別化や
単なる自尊心ということではありません。 
その職業人としての名前にかけて、
誰にも負けない技術を使って最高の商品を作る、
と言うプライドです。
その為に職人たちは苦労して高い技術を身に着ける
その名に恥じない仕事をしようとするのです。

 さて、剣道を教えていて思うことは、多くの初心者が
教えてもらうことを待っている傾向にあるということです。
先生だから教えてくれる、生徒だから全部先生が助けてくれる。
実はこれは大きな勘違いです。

 クラブや道場に入った時は、少なくとも興味があるが
どうしたら良いかと言うことがわからずに来る人がほとんどです。
しかも、最初からこれを職業にしようという人は
親が道場を持つ専門家だったりする以外は、ほとんどありません。
ですから、その場合には手取り足取り教える必要があります。

 当然、現代で剣道は好きな人が熱意を持って剣道普及に
とりくんでいますから、指導者と呼ばれる人たちも、
江戸時代の悪い町道場のようにお金儲けの為に
適当に教えて上達させずに長くお客さんにしたり、
自分の名声の為に生徒を叩きのめしたりすることは
まずありません。できる限り丁寧に教えてくれるはずです。

 また、剣道全体のレベルの向上ということを考えれば
やはりセミナー形式で、細かい技術を一つ一つ説明しながら
全員教えてゆくのは不可欠です。

 しかし、個人レベルの修行の中では、ある程度技術がついて、
自由に稽古をするようになったら、今度は自分で考え、
工夫することはとても大切なのです。

 そのために、他の生徒や先生の稽古を見て技術を盗む、
と言うよりは、技や動きを真似して、そこで工夫することが
大切な練習のひとつになってきます。

 頑張ってやっていると、先生がある程度のところで
ちょっとヒントをくれる。そのヒントのくれ方も
細かく教えてくれることもありますし、
稽古の中で、何も言わずに先生自身がその技を使って
生徒に打ち込んで見せる場合もあります。
また、自分の技が上手にできた時は
わざと打たせてくれることもあります。

 そこで気がついて色々と工夫を重ねてゆける人が
早くても遅くても上達してゆく人だと思います。
稽古をするからには、剣道を好きになってほしいと思いますし
また剣道を好きになるからには、
意欲的に技術の向上を目指してほしいと思います。

 そして一番大切なこと、つまり礼儀正しくあるか、
人に優しくあるか、しっかりと強い気持ちを持っているか、
つまり、剣道を習っている者として、自分にとっても他人にとっても
恥ずかしい行いがない様に努力しているか、と言うことが
職人の持つプライドと同じく、剣道愛好家のプライドであると思います。

第161号「受け止める心」

 剣道の稽古で「元立ち(基立ち)」という役割があります。
これは先生や先輩が上手に立って、生徒や後輩の稽古を受けることです。
また同じレベルの場合は、片方が元立ち、もう片方が掛り手と言って
技を出す方の役割をし、これを交代で行います。

 この「相手の技を受ける」ということは、なかなか大変なのです。
と言っても、叩かれて痛いということではなく、実は非常に技術が必要です。

 大抵は自分より下の相手が掛ることになりますが
ただボーっと立って打たせていては、あまり相手の練習になりません。

例えば、初心者には打ち込みを覚えさせたい時は距離を調節してあげたり、
逆に足捌きを教えたい時は、あえて遠くから打たせたりします。
打たせるためにわざと竹刀を相手の中心からはずしたり
逆にこちらから中心を攻めていくこともあります。

 また、当然の事ながら、こちらも気合を十分に
相手に伝えながら行わなければなりません。

 これは全て相手の稽古の為です。自分の稽古にもなりますが
それはあくまで相手を引き立てながら行うのです。
相手を引き立てながら行うためには、当然自分がそれを理解して、
上の立場で行わなければなりません。
 特に相手が生徒の場合は、「ここだ」という打つべきチャンスの所で
掛け声をかけたり、良い打ち込みだったら褒め、
悪い打ち込みだったら当てさせずに、なんども励まして繰り返させます。

 時にはこちらから攻めたり、激しく当たったりするのも大切なことです。
すべては相手の気迫と動作を引き出す為のものです。
ですから、相手を引き立てることは、相手より上の技術がなければ
出来ないということです。 それがまた自分の良い稽古にもなります。

 なぜなら、受けるのは、相手の技だけではなく
「心」も受け止めるからです。

 これは他の事にも通じると思います。

 例えば、本当に仕事が出来る人と言うのは、他の人を出し抜いたり
蹴落としたりするのではなく、それなりに出来ない人を助けたり
周りに気を使ったり出来るはずです。

 だから、もし仕事で
「あの人はだめだなあ」
「あの人はいい人だけど、あまり信頼して頼めないなあ」
と、もし自分が思ったら、それは慢心している証拠です。

 もし、あなたが本当に仕事が出来る人なら、
出来ないと思う人を補い、助けることが出来るはずです。
周りの人を元気づけたり、引っ張って行ってあげられるはずです。

 「自分が頑張って人から認められるようになりたい」と思うのは
案外自分のエゴかもしれませんね。

 例えば教師であれば、革新的な目立つ授業が出来たことより、
生徒の将来を考えて、学校で何をすべきか考えるべきです。
飲食店であれば、自分の料理を「どうだ」と自慢気に出すより
まずは、食べる人の気持ちを考えなければならないでしょうし、
製造業であれば、使う人の気持ちを
サービス産業であれば、サービスを受ける人の気持ちの、もう一つその先を
公務員であれば、市井の人々の幸福な生活を、
また、どんな商売であっても、単なる富の獲得だけではなく
商品が売られたその先にある人々の幸福が
自分や会社の利益に結びつくことを考えなければならないでしょう。

 それは、すべて相手の気持ちを上手に受けとめながら
コミュニケーションを行い、そこで自らを磨くという部分に
結びつくのではないかと思いますが、いかがでしょうか。