第160号 「品行方正」

 品が無いと言うと、皆様はどんなことを思い浮かべるでしょうか。

 大抵の方は、他人の話の内容や、性格の事を考えると思います。
また、服装の事を考える方もいらっしゃると思いますし、
マナーのことをおっしゃる方も大勢いらっしゃるかと思います。

 では、品があると言うのはどのようなことでしょうか。
洗練されたマナーや、言葉遣い、趣味などを思い浮かべるのが
一般的だと思います。また控えめな態度も、時には
品が良いと言われる事があります。

 私がある人と食事をした時の事です。
その人は食事もマナーもきちんとしていました。
話も下世話な話や酷いジョークを言う訳でもなく
(と言うか普通に他人の批判と自分の自慢話でしたから、
その時点で下品なんですけどね。)
声の大きさも決して大声で話して他の客に
迷惑をかける訳でもありませんでした。

 しかし、どうも我慢なら無かったのは
その人のナイフとフォークの使い方だったのです。
と言っても、音を立てたりとか
使い方が違ったりというような事ではありません。

 普通、肉を切る時は、フォークは軽く押さえるように使い
ナイフは軽く静かに細かく使うものです。

 しかし、その人は肉を、ぐっとフォークで刺して押さえつけると
ナイフを大きく力強く動かして「バサッ」と音がして
皿も切らんばかりの勢いで肉を切り分け、
それを飲み込む様な勢いで口に運ぶのです。
おいしい料理を口にしているような、繊細さのかけらもありません。

 ステーキを切っていると言うよりは牛の首根っこを捕まえて、
大きな刀でバサッと屠殺しているように見えました。

 そんな調子で、目の前でバサッ、バサッと
肉を切りながら、延々と演説ですから、
自分の料理がどんな味がしたか全く覚えていないくらいでした。

 偏見かもしれませんが、その食べ方が
その人の性格を現しているようで、
「ああ、この人は品がないなあ」
と非常にがっかりしたことを覚えています。

 そういえば、幼い頃に父親が
「飛行機で食事をする時にな、
普段から洋食を食べなれていない人間は
肘を張って食べるから隣の人にぶつかるんだよ。
さらに足も広げるから、外国人から
食事もまともにできない田舎者だと
白い目で見られるんだぞ」
と私に食卓で話していたことを覚えています。
洋食って言い方も今となっては時代遅れ感がありますが
昭和40年代ですから、時代が偲ばれますね。

 まあ、イタリア料理といえばナポリタンと
冷凍のピザという時代に、
「おい、今日はパエリアを食べるぞ」
と言われて日比谷の老舗のスペイン料理店につれていかれ
子供ながらに色々と薀蓄を聞かされながら、
生まれて初めてパエリアなるものを
目を輝かせながらおいしく頂いた
というような記憶もあるので、
父も若い頃は西洋に文化に傾倒していたのでしょう。
(実際に、それからすぐにヨーロッパに数ヶ月間
放浪の絵描き旅に出たのでした。)

 だから、一応そういう知識は少しあったらしく
「食べるときは脇をしめて肘を下げろ。
ナイフもフォークも力を入れるな。
足を開くな。背中を丸めるな。」
と、そんな調子で食事のマナーを教えられたのですが、
「それで手の角度は周りに座った人に
さりげなく自分の指輪をチラッと見せるように」
と、調子にのってテキトーなことを付け加えて、
案の定、母親に突っ込まれていました。
そういえば当時の流行なのか、デカイ指輪をしていました。

 話を戻すと、つまりは食べる姿ひとつにしても
その人の人柄が出てしまうことがあるから
いわんや、剣道なんてものは、自分で思うよりも、
他人が見ると、もっと人柄が出てしまうんだろうなあ、と。 

 稽古でも確かに相手が近い距離で、とにかくひたすらガツガツ
勝ちに来たら、勝ち負けは別にして
「品がねえなあ」
と思うし、ただ打ち込まれないように、頭を左右に振ったり下げたりして、
よけまくりながら、ひたすら竹刀を当てに来たら、
「なんか違うんだよなあ、」
と思うくらいなので、
本当に自分でも気をつけなくちゃなあ、
なんて事を思った次第でございます。

第159 「むむむ無題」

 長らくお休みさせて頂いておりました。
ちょっと体力も落ちていたのか
ついでにめずらしく風邪もひいてしまいました。

 そういう訳で、久しぶりに書きます。

 いや、やはり仕事が忙しくなると、時間配分が
上手にできなくなってくるものです。

 やらなけらばならない事の間の
空いた時間で何かをしようと思っても
そこに必ず何かが割り込んでくるといった具合に
なかなか思うようにいきません。

 やはり剣道をする時間が無くなることは
自分にとってはなかなかつらい物があります。

 モチベーションを保てるうちは、それでもいいんですけど
体力的にも疲れてくると、稽古に対してすら、なかなか気分も重くなります。
そんな調子だと、やはり散々に打ち込まれます。
すると、剣道についてあれこれ考えることになります。これがいけない。
あれこれ考え始めると、結局また悩んだまま剣道をすることになります。

 突然勝てなくなる時があります。思うようにいかない時があります。

 その時にどうするか。自分の信念を貫く事が大切だと思います。
自分が何をどうしたいのか、明確に答えが見えていれば
たとえ負けてもそれが次への一歩につながる訳です。
心が揺らがなければ、自分でもどこを叩かれようが
負けたとは思わない。そんなもんです。

 逆についうっかり信念を曲げて負けた時ほど、後悔することはありません。

 では、信念を曲げて勝った場合、それはそれでもいいと思います。
ただ、はやりそれではいけないと、その倍反省しなければなりません。
気分はいいですが、それで満足すると、やはり「勝てばいいのか」
と言うことになってしまいます。

 勝負は勝負ですから、勝ったほうが良いに越したことはないのですが、
私の友人は見事な勝ち方もしますが、負けっぷりも実に見事です。
すばらしい剣道だと思います。

 見事な負けっぷりというのは、まだ自分でできないことが多く
ひたすら反省の限りです。

 勝っても負けても、人の心を打つ。
自分で気付く、そして自分自身の殻を打破する。
それが本当に価値のあることなのかもしれません。

 いや、理想を語る事は実に簡単ですが
現実は実に難しいものです。むむむ...。