第136号 「戦う男」

 勤務先の学校のキャンプの引率、そして引き続き
剣道の全国大会から帰ってきて、さらに家族とのキャンプ。
そしてたまった仕事を仕上げる為に
ほぼ徹夜状態の数週間でした。いまも目がかすみまくって
締め切り直前の仕事が山のようにあるにもかかわらず
ついに現実逃避してコレを書いています。

 全国大会は、本当にくやしかったですね。
団体戦で大将を努めさせて頂きましたが、引き分けで
本当にあともう一本取れればチームが勝つというところで及ばず。
こんなに悔しい思いをしたことは久しぶりです。
悔しいと本当に歯軋りってするもんなんですね。
初めて知りました。(笑)

 しかし、同じ州の剣友達が個人では良い成績を収めたのは、
正直に、とてもうれしかったですね。
もちろん、他の州の仲間が良い剣道をみせてくれた事も
稽古や試合で剣を交える事ができた事も本当に楽しかったです。

 どんなに戦っても、終わったら「また来年会おう」
と笑顔で硬い握手を交わせることは、
本当に努力をしているからこそ分かり合える言葉だと思います。

 もちろん、後の講習会では日本からいらした講師の先生方に
きっちりと名指しで指導され(笑)他の州の先輩からも
厳しいお言葉を頂き、為になった講習会及び稽古会でした。

 帰ってきてからの稽古は、あちこちの痛みをこらえての稽古でしたが、
それにも増して、なんとなく体が動きませんでした。
「なぜあそこで勝てなかったのか」
「これでキャプテンとしていいんだろうか」
という迷いが、体の動きを遅くしていたのだと思います。

 しかし、他のクラブでの稽古や子供たち、
剣道を始めて間もない人たちと稽古をするうちに、
「この人たちにとっては、まず試合に出ることや
選手に選ばれること自体が大きな目標。
自分みたいな未熟者が出られただけでありがたいのに
何をうぬぼれているのか。
たまたま試合に勝てなかったことがどうした。
剣の道はそんなに薄っぺらなものなのか。
まだ自分にはすることがあるだろう。
また、一からやり直せるだろう」
と、ふと思ったのです。

 これを機に州のチームのキャプテンを
もう引退しようかと思ってましたが
こんな終わり方なんて冗談じゃありません。

前言撤回。力尽きるまで(というより肩をたたかれるまで)戦います。

さて、まずは目の前の電子書類の山との戦いです。とほほ。

第135号 「欲望のとりこ」

 最近、仕事の都合などで、どうしても稽古に出られないことが
とても多くなり、じれったい思いをしています。
 社会人として生活をしていれば年齢や立場上、これは誰しも
仕方がないことなのですが、そこで甘えることのなく...

 いや待て、自分に甘えるというのはどうもおかしいですね。
これで飯食ってるプロってわけじゃないですから。
考えてみると、これは単に自分のモチベーションでしかないんです。
つまりは欲望なんですね。強くなりたい、仲間と剣道がしたい
という純粋な欲望。

 ダイエットに成功しないというのは、自制ができない、
だらしない、と言うのではなく、痩せようと思う欲望以上に、
おいしいご飯を食べたいという欲望が強いだけなのです。

 そう考えれば、運動不足の原因は、
運動したいと言う欲求以上に、休んだり、
別のことをしたいという欲求が強くなって
いるからというケースが相当多いのではないでしょうか。

 まず、好きになること。強くなりたい、うまくなりたい
という欲望を抑えないこと。剣道を学ぶ人は当然皆が
「自分が強くなればいいな」と思います。当然のことです。
ただ、どう強くなりたいかと言うのが違うだけです。

 剣道を始めて初心者のころは、先生の言うように
まっすぐ打てるようになりたいという欲が必要です。
そして、先生がうまく導いてくれて、上手に打てるようになると
こんどは、相手に勝ちたいという気持ちが芽生えます。
その欲が出てきた時にこそ、やっと本当の自分の稽古が
始まるものだと思います。

 そこから、どうやって勝つか、どのような状態で勝つか、
自分に勝つか、自然体で望めるか、どう人と調和できるか。
という風に欲望が変化していくのだろうと思います。

 例えば、仕事で稽古に出られない時。これは自分の
欲望を押さえ込まなければならない時です。ですから、
すごくフラストレーションがたまる。

 でも、稽古がしたい時というのは、他の事をするよりも
剣道の稽古をしたい欲求が勝った時で、これに対して
「今日は飲み会です」「今日は家族で食事です」なんていう
予定が入ってしまうと、非常に悩むわけです。

 いやいや、家族で食事は義務だろうと思っている皆様、
それは「家庭生活を成立させたい」「家族との良好な関係を保ちたい」
という欲望です。ただし、ここで剣道を選択してしまうと、
いつの間にか見事に独身者に逆戻りするケースがほとんどです。

 どちらも悪いことではありません。どちらの欲望が勝ったか
と言うだけの話です。もちろん、家庭生活の崩壊が良いこととは
決して思いませんが、それを選択するからには本人も納得
した上でのことですからね。
(ただ、自分の子供との生活を捨ててまで剣道がしたいと
いうのは、剣道家としては正しいのかも知れませんが、
人としては全く正しいとは思いません。)
 
 つまりは、どれだけ強い欲を持てるか。これがすべての
人間の原動力になっているのです。ただ、その欲望を
正しい方向、つまり自分にも他人にも利益になるという
方向に常に向かわせることができれば、すばらしいですね。

 いくら無欲で悟りを開いたすばらしい聖人君子でも、
ただ石の上に座したまま、誰とも話さず一生を過ごせば、
それは何の意味もなさないと思います。

 いや、それこそがもっとも自分勝手な欲望であるのでは
ないでしょうか。