第134号 「戦う家族」


 先日、我が家での会話について書きましたが、
なんと家内が陸上競技の西豪州大会短距離40代の部で
60m、100m、200m、優勝してしまいました。
ますます勝負にこだわる家族になってしまいそうな
嫌な予感がします。(笑)

 陸上競技の短距離の集中力と瞬発力はすごいです。
剣道も一瞬の瞬発力が必要なので、
当然似ているところがありますが、
 相手はとなりを走っているものの、短距離であれば
マラソンのように駆け引きはあまりありませんから、
十数秒間で全力を出し切るための、自分の体と心の
コンディションに全てかかっているわけです。

 しかし、対人競技は違った難しさがあります。
どんなに自分のコンディションが良くても
負けてしまうこともありますし
逆に、前日までの調子がいまいちでも、
普段稽古していれば、心の作用で
自然と体が動くこともあります。

 実は先日の試合、団体戦での大将としての、
その大会の最後の試合でしたが
相手の大将には、その前の個人の試合で
準決勝で1対1から延長戦で負けています。
しかし、大将戦では、先に一本とられたところから、
二本取り返して勝つことができました。

 その時は、実に落ち着いて試合ができた気がしますが、
この時の二本とも自然に体が動いて勝ったというか、
先にこれをやろうとか相手がこう動いたらこうしよう、
という気がまったくしなかったのです。
ただ、集中していたら体が勝手に動いていたというか、
知覚はなく感覚が体を動かしたとしか言い様がありません。

特に2本目は気がついたらバシッという強い感覚が手の内にあって、
自然に気合をかけていたというだけです。
ただ、自分自身で一瞬覚えていた動きは
スローモーションに近い感覚です。

 まあ、いつもこんな風に行けばいいんですが
そうは問屋がおろさないと言うか、難しいもんですね。
大体、いつも常にこんなことが出来たら、それこそ名人です。

 ところで、奥さんによると、試合に勝って素直に
喜んでくれる人もいましたが、そうでもない人もいたそうです。

「どうせ人数が少ないんでしょ?」
「まあ、中年の試合だからね?」

 こういうコメントを言える人と言うのは、
大抵が本気で何かに取り組んだことのない人たちだと
思いますが(自分で本気で努力した経験があったら
決してそんな事は言えない)まあ、腹立たしいよりも
哀れだなあと思います。

 私の先生がかつておっしゃっていました。
「どんな試合でも、簡単な試合は一つもありませんよ」
その通りだと思います。級のレベルでの試合だって、
自分がそのレベルだったときは、必死で戦いました。
子供の試合だって、自分が小さかった時は
子供なりに必死で戦いました。
今は、この年齢で、このレベルでどこまでベストを
尽くせるか。これが一番大変なことだと思います。

 勝負に勝つこと自体ではなく、勝つことを目指して努力をし、
その上で勝つ事(もしくは負けても)に大きな意味を
見出すことが出来るという事を理解できないのは
本当に人生の大きな損失であると考えますが
いかがでしょうか?

第133号  「今宵の月のように」

 パース桜剣道クラブも、まもなく創立してから4年目に
突入しますが、これまでも色々な邂逅がありました。

 日本に帰る生徒たち、他の習い事の都合でクラブを
辞めなければならなくなった生徒もいました。

 赴任期間やビザの期間が終わって、日本に帰らなければならない
先生方もいらっしゃいます。また、ゲストで来て日本から
いらしてくださった先生方もたくさんいらっしゃいます。

 全ての出会いとの別れは心のそこから名残り惜しいものです。
真剣に誠の心で竹刀を交わしたら、既に皆友達です。
「交剣知愛」というのは、まさにこの事です。

 特に自分が教えた子供達や、たくさん一緒に稽古をした仲間が
日本に帰ってしまうのは、仕方がないとはいえ本当にさみしい事です。

 しかし、私たちには剣道があります。
剣道を続けている限り、その人達のことを忘れることは
決してありません。
 剣道を続けていれば、またいつか竹刀を交わすことも
あるだろうという希望があるからです。

「分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな」

 和歌として詠まれた道歌で、皆色々な場所で、それぞれ色々な
修行をしても、目指している高みは皆同じということです。

 遠く離れていても、同じ月を見上げて、同じ道を行く仲間がいる。
その幸せを胸に、また日々の稽古に励むことが出来るのです。

 子供達が大きくなって、いつか私がかなわなくなる日が、
そして強くなった仲間と再び剣を競い合う日が来ることを、
私はいつも心から楽しみしています。

第132号 「集中よ、集中。」

 今日は試合がありました。ここの所、少し悩んでいただけに
今日の試合内容は、まだまだ反省するところは多いのですが、
少しは恥ずかしくない試合が出来たのではないか
と自分では思っています。

 それはどの部分がというと、技や勝ち負けより、
自分の心の動きです。心が崩れない、つまり良い精神状態で
集中できたのではないかと思います。

 今日、家を出る前の事です。

「じゃ、試合行ってくるからね」
と言うと、大抵オーストラリア人の場合は
「エンジョイしてね」「グッドラック」
という返事が帰ってくる事がほとんどです。

ところが、今朝のウチのカミさんの一言は
「集中よ、集中。」
でした。

「え~、ちょっと待ってよ、気合入り過ぎない用に
今日はリラックスしてエンジョイしながらやろうと
思ってるのに。」
と言うと、そこで長男の一言。
「お父さん、エンジョイじゃ勝てないよ」

 まったく、なんという闘争心の塊のような
家族なんでしょうか。(笑)

 しかし、帰ってきてからの結果報告は、
良い相手と良い試合が出来て、そこで勝てたことを
何よりも喜んでくれたのが、ちょっと驚きました。
(おお、わかってるじゃん)
と心の中で思わずちょっとだけ感心してしまいました。

 しかし、子供はシビアです。
「お父さん、メダルいくつもらった?」
「一つだよ。団体は勝ったよ」
「ふーん」
ですからね。
 
 しかし、次につながる内容であったことは良かったと
思っています。(つながらないかもしれませんが。)
引退まで残りわずかな時間をがんばって行きたい思っています。

 それよりも何よりも、とにかく健康で、多くの仲間と
ともに剣を交えることのできることが、いかに幸せな事か
という事に、まず感謝をしています。 

 試合に出たくても出れない人、剣道をしたくても出来ない人が
大勢いることを考えたら、本当に剣道が出来ることに
「ありがとう」という気持ちです。

 まあ、その上で勝てれば最高なんですけどね。(笑)

第131号  「人事を尽くして2/2」

 前回からの続きです。仲間、保護者の剣道経験者、他の愛好家、
この3つのグループに共通する稽古に来る条件というのは

1.稽古がそれぞれのレベルで厳しく楽しく、
  なおかつ、技術の上達につながらなければならない。
2.子供の指導を通じて剣道を学ぶことが楽しくならなければならない。

という部分です。まず、楽しいことが必要です。
楽しくなければ人は自発的にはやりません。目標が無ければ
なおさらのことです。

 剣士にとって、目標というのは新しい技術を習い身に着け、
自分の技術が上がることであります。楽しみと言うのは、
稽古して身につけた技術が相手に通用すること、その技を色々な
剣士と試して立ち会うこと。そして新しい友達ができること。
友達と言うのは、どんなレベルであれ、純粋な気持ちで
真剣に立ち会える仲間と言う意味です。
これら全てが具体的な1の内容です。

 ですから、どんな方がきて下さっても、時間がある限り
また、怪我のない限り自分が稽古に参加するようにしています。
ラッキーなことにというか、桜剣道クラブをお手伝い頂いている
方々は、単に教えるのが好きという方はいらっしゃいません。
おかげで、本当に楽しく稽古させて頂いております。

 地元の方で、初級者、中級者には一言でも必ずアドバイスをしたり
色々な技や稽古方法をできるだけ教えてあげるようにしています。
これが彼らにとっての最大の利益なのです。

 それでは2番目はと言うと、それは剣士自身の心の持ち方に
依存することになります。その為には
「自分の楽しみが自分の利益となり、他人の利益となる喜び。」
という意識を指導陣が共有できるようにする事が一番大切な
ことだと考えています。

 その一つに、子供たちが稽古の終わりの子供達の礼があります。
子供たち一人一人と笑顔で挨拶ができることの喜びを知ることが、
子供達の指導に対するモチベーションの一つにもなっているのです。

 では、そうした事を皆にわかってもらうにはどうしたらいいか。
それには、偉い先生でもない私が座ったままで偉そうな事を
言っても駄目だという事です。真っ先に防具をつけて、気合いで
子供たちを引っ張って稽古のムードを作り、大人との稽古も
怪我の無い限りは出来るだけ長く立って、全員と稽古をする。
こうした姿勢を常に意識して見せていかないと、皆が協調して
くれる事はありません。

 つまるところ、人をまとめるには、よほどの強い大先生で
ない限りは、やはり自分が率先して動いていかなければ
難しいとうことです。

 よく「リーダーとして仕事を任せられる人を育てなさい」
と言いますが、まずはリーダーが
「仲間には腹を見せ、若い人には背中を見せる」
を信条にして、とにかく自分が努力することです。

 若い人に対する教育と言うのは、その上で成り立つ物だと
思うのですが、いかがでしょうか。

 最後に指導方針に関してですが、実はこれは色々と
細かく口で説明しなくても、大人も子供も既に皆が知っています。
稽古の始まりと終わりに、大声で唱和する

「剣道は、礼に始まり、礼に終わる。」

これこそが、全ての事を総括した指導方針です。

 とまあ、こんな感じでクラブをはじめ、現在、体育館も
狭く感じる様になるほど、子供たちにも地元の剣士にも
参加してもらえるのは、なんともありがたいことです。