第106回 恐怖ということ

 剣道において「驚き、惑い、疑い、恐れ」というのは、
避けなければならない4つのことであると言われています。
 今回はこの恐怖について書いてみたいと思います。

 日本では季節柄、TVで心霊写真や怖い話の番組で
盛り上がりを見せている真っ最中ですが、では、なぜ心霊写真や
お化けの話が怖いのか、考えてみたことがおありでしょうか。

 人が恐怖を感じるというのは、自分の身が危険にな状態に
なる恐れがあるとき、つまり、自分の命をうばわれる事への
恐怖です。これは感情よりも本能と言った方がいいかもしれません。

 なぜ、お化けの話を聞くと怖いのか。いわゆるお化けとは、
一般的には恨みを持った幽霊や祟り神のことです。それらは
人間の命を奪いに来る存在であると信じられています。つまり
お化けイコール生命の危険であると判断されるからです。

 しかし、これが単に出てくるだけとわかっていれば、
本当に幽霊がいるとすれば、これはもう雨が降るのと同じ
単なる自然現象、もしくは単なる気のせいです。
ほら、もう怖くありません。

 また、これらのものは未知の存在です。目に見えない力に
殺されそうになるというのは、対処方法の想像がつかないので
これも恐怖であります。

 しかし、たとえ怖いお化けや幽霊が出てきても、何らかの
対処方法がわかっていれば怖くないはずです。
30センチのゴキブリが出ても、殺虫剤をかければ死ぬと
わかっていれば、そして殺虫剤が目の前にあれば
それほど怖くはないですよね。(でも、殺虫剤なかったら
かなり怖いと思います。) 

 つまり、恐怖の克服には、その状況を想定して
対処方法を考えて、対策を練っておくことも大切な要因の
ひとつであると考えます。

 そして、もうひとつの方法、それは開き直りです。
「生まれたものは、いつかはどうせ死ぬんだ。
どうせなら後悔なく見事に死んでやろうじゃないか。」
これこそが、昔の武士がとった恐怖の克服方でした。

 宮本武蔵の有名な話があります。細川藩の殿様に
「この城内に、これはという武士はいるか」
と尋ねられて「今日見かけた中で一人だけおります」と
答えました。そこでつれて来られたのは、特に武功もない、
低い身分の侍でしたがので、殿様も家来たちも不思議がりましたが
武蔵が普段どのように心がけているかと尋ねると、
「自分は寝るときは刀を抜いて、下に向けて喉元まで吊るしてから
その下に寝る。朝出かける時は、再び生きてこの門をくぐらない
という気持ちを毎日持っている」
と答えたそうです。

 これを一目で見抜いた武蔵も人間技とは思えませんが
この境地まで到達するのも、到底普通ではありません。

 まあ、当然の事ながら、ここまでは行かずとも、
この怖さに負けないという気持ちは子供たちにも
持ってほしいと思います。

 昨日の稽古の最後に、子供たちに
「打たれそうで怖いと思ったら、そちらに顔を向けなさい。
打たれるかもしれないと怖くなったら、一歩前に出なさい。」
と話をしました。剣道ならではの、安全に怖さを克服する
よい方法のひとつだと思います。

第105回 カラス跳び

 私が子供の頃に、道場で稽古前に行われていたものがありました。
それは、カラス跳びです。カラス跳びとは、竹刀を振りながらの
ウサギ跳びで、おそらく、これがカラスが羽をひろげてバタバタ
している様に見えるので、カラス跳びになったのではないかと
思います。

 これが結構きつくて、子供の頃は毎回イヤイヤながら
やっていた記憶があります。しかし、これのお陰で背筋と足腰が
強くなったのも事実です。

 ウサギ跳びは現在では、膝や足首、腰の間接や筋肉への負担から
成長期の子供には百害あって一利なしといわれています。

 しかし、実は一流のスポーツ選手の中には、この厳禁である
と言われるウサギ跳びを、トレーニングに取り入れている選手が、
少数ですがいます。おそらく、完全に体が鍛え上げられた選手
にとっては、ウサギ跳びくらいなんと言うことはないのでしょう。

 では、やはり成長期の子供や、中年を過ぎた人、普段あまり鍛えていない
人にとっては、避けたほうが良い運動なのでしょうか。

 まずは、その昔、うさぎ跳びがどんな方法で行われていたか
思い出してみて下さい。

 ある他の球技のクラブでは、鬼コーチ指導の下、ウサギ跳びで
階段の上り下りを、声を出しながらひたすらくりかえしています。
止めると途端に怒鳴り声が聞こえてきます。
「途中で止めるような根性のない奴は決して試合には勝てないぞ!
倒れるまでやれ!」
 その隣では、挨拶を忘れた一年生が先輩に命じられています。
「お前らは気合が入っていない。一時間グランドをウサギ跳びだ!」

 こうして、若い学生は次々と膝を痛めていきました。当たり前です。
気合も根性も大切ですが、それはうさぎ跳びとは関係がありません。
 こういう無茶苦茶なスポーツ理論のかけらもない指導者によって
行われていたせいで、うさぎ跳びは、時代遅れのトレーニングの
象徴のように槍玉に上げられるようになりました。

 確かに、膝をぐっと深く曲げる動作は膝に負担がかかります。
しかし、だからといって鍛えなくてもいいということにはなりません。

 要は、ちゃんと無理のない回数でセット数やインターバルの時間を
決めてやれば良いんです。またジャンプが高すぎたり、遠すぎたり
すると、着地の時に膝だけに多くの負担がかかってしまいますから、
 例えば、小さく細かく跳んでみたり、少し腰を浮かせながら少ない
回数を行ったり、跳ばずに歩いてみたりと、少しづつ使う筋肉を
変えてみるのも良い方法です。
 
 実はウサギ跳びが、特に剣道に必要だという理由があります。
それは蹲踞(そんきょ)です。竹刀を構えて腰を落とす動作は
関取が四股を踏む前に行う動作とほとんど同じです。

 股関節の柔らかさ、足腰、背筋、腹筋、バランスの良い強さが
なければきれいな蹲踞はできませんし、逆に、足腰の弱い人には、
この動作はとても難しいのです。

 ですから、まずは蹲踞、そしてうさぎ跳び。どちらも日常で
鍛えられない筋肉を鍛えるのものですが、そうした運動も
時には必要なのだと思います。

(今回の内容については、大学の講師などのスポーツ科学の
専門家の方々に意見を伺ってから書いています。)

第104回 「稽古のテーマ」

 稽古をする時にはテーマを作って稽古をする方も多いと思います。
おそらく、どんなスポーツでも同じだと思いますが、剣道で言えば
例えば「まっすぐ打とう」「相手より早く打とう」「うまく機会をとらえよう」
というような、その人なりの目標とテーマを求めて稽古するのは
上達へのプロセスの大切なひとつです。

 さて、剣道において手強い相手というのは、色々な場合があります。
剣道を始めたばかりの頃は、打突や動きが早い相手には大抵散々に
打ち込まれます。

 試合なら、やはり「ここ」という機会を絶対に逃さない相手、
うまく自分の機会に持ち込んでくる相手も手強いです。
自分の得意なパターンに持ち込む為にどうするか、というのを
よく知っている相手です。

 もう一つ、剣道ならではの「剣先の強い相手」というのもあります。
自分がまっすぐ打とうとすると、必ず突かれると感じるような時があります。
段々自分のレベルが上がるほど、益々感じる機会は増えていきます。

 さて、そこで重要なのは、自分がどういう風に勝ちたいか。
というこだわりになります。たとえば、ただ叩くだけだったら、
そこに手をだけを伸ばして打ったり、横から打ったり、やろうと思えば
色々なやり方があります。

 もし、自分が目指しているのが正面からのまっすぐな打ちであれば
横から打ったら、どんなに竹刀が相手に当たっても「失敗」です。

 相手を慌てさせて引き出して打とう、居着いた(反応できなかった)
ところで打とうと思っているのであれば、相手が打ってきたところを
ひたすら待って技を返したり、無理やり打ちかかっていったりするのは
やはり反省材料です。

 この部分で駆け引きをして、相手の剣を殺して(剣先が自分に向いて
いない状況をつくって)飛び込んでまっすぐ打つ、という面打ちなり
甲手打ちが出せるかどうか。ここをテーマにしての稽古はむずかしいです。

 強い相手だと、つい焦って打ちやすいところを打ってしまって、例え
それが、たまたま相手に当たっても
(あちゃー、やっちゃったぁ)
なんて思う事もあります。

 逆に相手が手元をあげる、つまり自分の剣先を相手からはずしたり、
うっかりまっすぐ後ろに下がったりしたところで機会を逃さず相手に
向かってまっすぐ打てれば、たとえ、当たらなくても
(ヨシッ。今日は体が前に出たな...)
と思うこともあります。

 相手がとっさに頭を横に倒してよけても、その上からしっかり打ち
込むことができれば
(うん、今のは良かった)
と思います。

 どんなに相手に竹刀を当てることができても
稽古終わってからの挨拶の時に
「今日は、はずかしい剣道で申し訳ありませんでした」
と心の中で思うこともあります。

 こういうところにテーマを求めることができれば
一生追い求める気持ちで剣道ができるのだろうと思います。