第98回 「May the force be with you」

 外国映画で、侍が出てくるものは数多くあります。ほとんど
の場合が、かなり適当で怪しい感じの侍ですが、中には悪くない物も
あります。「ラスト・サムライ」も、細かい部分はつっこみどころ
満載ですが、それほど悪くはありません。そもそも、ハリウッド
映画において侍があそこまで、美化されたのは珍しいのですが、
他に外国映画の中で侍が出くるもので、なかなか良い作品があります。

 それは、「スターウォーズ」という映画です。

 こらこら、まさかジェダイか?と突っ込まれると思いますが
私に言わせれば、スターウォーズは、すばらしい侍活劇映画です。
(興味の無い方への解説ですが、スターウォーズは6部から
構成されるSF物語で、共和国が皇帝のとなって権力を握った
悪者に滅ぼされ、それを共和国軍が再びジェダイの力をかりて
皇帝を打ち破り、宇宙に平和を取り戻す話です。ジェダイと
いうのはいわゆる騎士のような階級の人たちで、フォースと
いう超能力のような特殊能力を持ち、彼らが中心となって
物語が展開します。)

 しかし、この映画の日本趣味が見え暮れするところは
ジェダイの騎士(日本語訳はナイト=騎士ですから)が、
西洋の騎士とは明らかに違うところです。
 正々堂々と公平に勝負する事や、礼儀を正し儀礼を重んじる
こと、世襲制ではないことは、西洋の騎士とも同じですが、
旧ジェダイの立ち振る舞い、自己を律する事、剣の技術において
の師弟関係などは、日本の武士さながらです。「マスター」って
呼ぶのを「先生!」と呼ばせた方がしっくりくるぐらいです。

 大体、服装からして意識してますね。着物です。前合わせの
服は、オリエンタルな格闘技テイストの基本中の基本です。
 ジェダイの服装だけでなく、他のキャラも、人間の場合は
妙に着物っぽかったりします。登場人物のクイーン・アミダラは
メイクや髪型まで完全に日本テイストまるだしの時もありますし、
それどころか、ダース・ベイダーは兜を被っています。

 また、有名なライトセーバーは単なる武器ではなく、ジェダイ
の象徴で、これは日本刀が武士の魂と呼ばれたのと同じです。
 ですから、戦いはレーザー・ガンなどが主体でも、ジェダイは
ライトセーバーにこだわっています。
 しかも、両手で斬っています。技などはさておき、武器の使い方
としては日本刀に非常に近いです。フェンシングのようには
扱っていませんね。
(近年のアクションはカンフー映画の影響を多分に受けているので
中国武術の刀の使い方が多いのですが、この当時は違いました。)

 エピソード1では、よく見ると、クワイ=ガン・ジン役の
男優リーアム・ニーソンがライトセーバーで相手を斬った後に、
居合の達人の様に、鞘にすばやく刀を納める動作をしていました。
(...鞘無いのに。)また、敵のダース・モールと戦う時も、
バリアに遮られて戦いが数秒中断している間は、
当然の様に黙想です。髪型も長髪で後ろで縛ってるし。

 ちなみに、ジェダイは「時代劇」という言葉からだとか、
クワイ=ガン・ジンは「開眼人」、ハン・ソロは服部「半蔵」
クイーン・アミダラは「阿弥陀羅」オビ=ワンは「帯」
ヨーダは有名な脚本家の依田さんという日本人だとか、
色んな眉唾説があります。

 オビ=ワン・ケノービ役はサー・アレック・ギネスですが、
実はオビ=ワン・ケノービも、ダースベイダーという名前になる
前のアナキン・スカイウォーカーも最初は日本人の名優
三船敏郎が候補だった事は有名です。
本人が何度も断ったそうで、結局の所、三船は
スターウォーズに出演することはありませんでしたが、
ハリソン・フォード演ずるハン・ソロ。あのキャラにかつての
三船キャラは生きています。そう、あれは「椿三十郎」なんです。
(でも衣装のイメージは、元祖スペース・カウボーイですけどね。)

 そして、何を隠そうこの映画の原作の一つとも言うべき、
着想を得ているのが、黒澤明監督の映画も多いということです。
「隠し砦の三悪人」という映画にはロボットのR2-D2とC3-PO
の元になっているキャラクターも出ていますので、機会があれば
見つけてみて下さい。(黒澤ファンの映画人は実に多いです。)

 さて、そういった訳で、スターウォーズファンであれば、普通に
知っている事を書かせていた頂きましたが、すごく小さい子供に
教えるなら、武士とはジェダイのようなもの、と教えれば、
きっと感動して食いついてきてくれるはずです。

 ジェダイの決まり文句である「May the force be with you」は
聖書の「May the Lord be with you」(神が共にあらんことを)
の言葉をもじったセリフであり、字幕では「フォースと共に(あらんことを)」
と出ています。時代劇風の訳をすれば「フォースの御加護を」なんですが
字幕のセリフをちょっと違う言葉に置きかえてみると
「武士道と共にあらんことを」...なんとも、すばらしい響きです。

 ちなみに、剣道でフォースを使ったら反則です

第97回 武士道は死ぬことと...

 剣道を語る上で武士道というのは、一応知っておかなければ
ならない事なんですが、まあ、あまり難しいことは子供には
まだ必要ないでしょう。しかし、頻繁に小説などにも出てくる
言葉なので、高学年になってくると、あるいは質問されるかも
しれません。

 武士道とは、そもそもは一般市民の口にするようなものではなく、
あくまでも上級武士階級のものでした。ですから、はっきりとした
一般向けの、「これが武士道です」的な解説はありませんでした。

 現代人が知る武士道というのは、「日本にも騎士道的なものが
あって、だからこそ、私たちはこんなに素晴らしい国民なんです」
と明治時代に外国向けに紹介した、新渡戸稲造博士の「武士道」が
今残されている武士道の説明といえるでしょう。

 そもそも、武士道が盛んに言われるようになったのは、戦国の
世からだいぶ下った江戸時代中頃で、戦が無い時代だからこそ、
武士のあり方について建前が必要になったのではないでしょうか。

 武士の心得を説いた「葉隠」という有名な本があります。当時の
儒教の影響を受けた、身分をわきまえてお家の為に尽くす、という
ような概念的なものではなく、武士とはこうあるべきだという、
武士の行動規範のような本です。中にはかなり極端というか、現代
からすると「そりゃねえだろ!」という部分もあります。例えば
「究極の恋は、気持ちを忍んで一生口にせず、でも、あまり
にも好き過ぎて、悶絶して死んでしまうのが武士の恋である」
みたいな、そんな無茶苦茶な!と思う話もあります。
 ただし、会社員としての心得的なものも結構あって、その所為か
サラリーマンのハウツー本のひとつとしての訳本もかなり沢山
出版されています。

 この本の有名な一節に「武士道とは死ぬこととみつけたり」と
いう一文があります。ここだけ抜き出すとかなり過激に見える言葉
ですが、これは「侍なら命を投げ出して死ね」ではなく
「オタオタとするくらいなら、最初から死ぬもんだと、覚悟を
決めて生きなさい。毎日覚悟して、心を正して、いつ死んでも大丈夫
だと思えば、きっとうまく物事を全うして、失敗の無いいい人生を
送れるよ」
という意味なのです。

 話を戻すと、武士道の基本となる考え方は、儒教の仁・義・礼・
智・信の5常プラス、勇・誠・名誉・忠義なのですが、現代の
剣道でも、名誉と忠義を除いた部分が、剣道哲学の基礎になって
おります。

 人としては、仁の「思いやり」、義の「人とのつながり」、
礼の「感謝の気持ち」、智の「知恵深い冷静さ」、そして
信の「人を信ずる心」を持つこと。
 また、稽古においては、勇の「負けることを恐れない強い気持ち」
と、誠の「自分の全ての気持ちを尽くして稽古にのぞむ気持ち」を
持つことです。

 こうすれば、武士道と現代の剣道の関わりを、子供に簡単に
説明してあげられるのではないでしょうか。まあ、子供が武士道
に興味があればの話ですが。

第96回 悩める剣士

今回は、ある剣士への私からの手紙です。

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 あなたは、自分で思うように勝負が出来ず、勝負とは何か、なぜ勝たな
くてはならないか、なぜ勝負をするのか迷っていますね。。竹刀をとって
戦うことへの疑問は、剣道をすることそのものに対する迷いです。

 あなたに一番わかって欲しいことは、剣道の勝負は、相手に勝つか
負けるかではありません。目指すのは、自分の弱い心に勝つ事です。昨日
までの自分を乗り越えて行こうとすることです。

 それは、怖いと思う気持ちや、びくびくする気持ち、自分で決断できない
気持ち、戸惑う気持ち、勝とうとあせる気持ち、あきらめてしまう気持ち、
甘えて楽をしてしまう気持ち...こういった気持ちに打ち勝つことです。

 たとえ精一杯戦って負けても、それはそれでいいではありませんか。
竹刀で叩かれても、別に死ぬわけじゃありません。竹刀で一本とられたら、
それは、相手が自分の弱い心を打っているのだと思ってください。あなたの
相手は、そうやってあなたの何が弱いか教えてくれているんですよ。

 そして、相手に勝った時は相手が身をもって「ここで、迷わずに打つ
んですよ。こういう時に打つんですよ」と教えてくれたと思って稽古して
ください。相手が先生の時だけでなく、初心者でも大人でも子供でも、
それは同じです。
 
 どんな先生だって、何段になったって同じです。私だって残念ながら
迷ったり、焦ったりするすることは沢山あります。だからこそ、多くの
仲間と剣を交えるたびに、その仲間たちが少しずつ竹刀を通じて教えて
くれるのです。

 今度は思い切って前に出てみましょう。まずは、自分の気持ちに勝つ
ことです。勝とうとするのではなく、打たれても返されてもいいから、
稽古した技を思い切って出してみましょう。

 すべての剣道をする人は、だれも皆があなたと同じ悩みを抱え、同じ
道を行く仲間だということを、どうか忘れないで下さい。また次の稽古
でお会いするのを楽しみにしています。

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 これから上達していくと、いくつもの壁にぶち当たります。
これは、どんな道でも同じです。皆、悩みながらがんばっています。
他の多くの悩んでいる人達にも、がんばって欲しいと思います。

 「真実は、まゆ毛の上にある」目のすぐ近くににあるのに、
なかなか見えない。でも、鏡に姿を映すように、自分自身を見つめる
ことができれば、また答えがみつかるかもしれません。

第95回 色々な革

 有名な「印伝」という、染めた鹿革に漆で模様をつけた伝統工芸が
あります。インドから伝わった技法と言われおり、それがその名の
由来だそうですが、やわらかく使いやすくて、手入れを怠らなければ、
本当に使いやすく長持ちします。

 さて、剣道の防具には色々な革が使われています。安価で強いのは
合成皮革ですが、伝統的な剣道防具には国産の良質の鹿革や牛革が
使用されています。
 
 牛革は硬くて丈夫ですから、胴の胸や縁の部分に使います。クロザン
といって、なめした牛皮をいぶしてから渋や鉄などを塗って酸化させ
柔らかく揉んで表面を加工したものを使います。職人が作る本物の
手作りのクロザンは、もう少ないそうですが、高い防具などの胸を
触ってみると丈夫なのに弾力があり、使っていくうちに、その人の
体の形になじんでいくといいます。滅多にありませんが、鹿革の胸も
あるそうです。私は見たことがありません。

 また、牛皮はお腹の硬い部分(胴台)にも使われています。胴の台
の部分は、細く切った竹を並べて形を作り、糸でとじた上から、
生皮を張って、その上に幾重にも漆を塗っています。

 なめして染めた鹿革は小手、面、垂の擦り切れやすい部分や稼動部分、
なめしてから燻した鹿革は小手の手の内にも使われます。鹿皮の代用で
牛皮を使ったものもありますが、やはり鹿皮の方が手触りもいいですし、
高級品とされています。剣道をしている人は、いぶした皮の匂いをかぐと
「お、新しい甲手の匂いだ」と思う人も多いと思います。

 鹿革は繊維が細かく、柔らかいのに丈夫です。また表面には無数の
穴があいているため、水分を吸いやすい、つまり手に汗をかいても
滑らないというのがその理由です。剣道防具や巾着などばかりではなく、
昔は多くの武具や馬具も鹿革で作られておりました。手袋や足袋に、
陣羽織もありましたし、鎧の一部にも使われていました。

 また、今でも多くの武具が鹿革を使って作られていいます。
弓道で使う「かけ(弓偏に蝶のつくり)」という道具があります。
強い弓を引くために使われ始めた、いわば手袋のようなものです。
その多くは鹿革でつくられています。また弓を手で握る部分に巻いて
ある皮も鹿革です。

 さて、鹿革と言っても色々な種類があり、染めたものから燻したもの
まで、それぞれの用途に合わせて使われています。また、なめし方も様々
で、今では薬品を使ってなめすことがほとんどですが、植物油や動物蛋白
を使った昔ながらの方法もあり、ある職人さんは、牛などの脳漿を
腐らせたものを使ってなめす「脳漿なめし」が一番良いとおっしゃって
いました。(そういえば、モロッコではハトの糞でなめすそうですね。)

 伝統技術で行うものは、当然大抵手間が掛かるので高いのですが
そうでなくても国産の良質の鹿革は量的に限りがあります。ですから、
その価格が比較的安い防具には、価格を抑える為に輸入素材や牛革、
人口皮革を使っています。というよりも、輸入素材に頼っていない
物の方がめずらしいかもしれません。

 また他の皮では、鮫皮(エイの皮)が使われる部分もあります。胴の
腹の部分全面に磨いた鮫皮を張ったものは、模様の美しさから今でも
最高級品です。また、日本刀の柄の拵え(持つ部分)に糸を巻くときも
その下には加工した鮫皮を巻くか短冊に切って張っています。

 これは、柄となる木の補強と、柄巻きがずれるのを防ぐためですが
なぜ、エイの皮かというと、乾くと硬いのに水分を通すので、濡れても
表面はさらっとしているためだと聞いたことがあります。つまり、
刀の手元が血で濡れても、滑りずらくするためという実用的な理由で
あったということですが、もしかしたら、単なるデザインの良さ
(親粒と言われる部分がきれいに磨いたものは宝石をはめ込んだ
様に見える)から使われていただけのことかもしれません。

ちなみに、柄巻師の動画がありますので、ご興味のある方はどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=DMa0h6T8DIw

 この様に、最新技術や素材を使いながらも、昔ながらの伝統的な
素材や手法を使い続けている道具というのは、使っていても手入れを
しても、また楽しいものがあります。

第94回 トレーナーと先生

 剣道などの武道で色々と教えてくださるのは先生です。
しかし、多くのスポーツでは指導者を先生とは呼びません。指導者は
たいてい、コーチやトレーナーと呼ばれます。その違いは何でしょう。

 スポーツにおいて、日本の子供の場合は、コーチやトレーナーからも
モラルや礼儀などちゃんと学びます。しかし、それは教育的側面から
の配慮であり、あくまでも付加価値的なものです。

 70年代にとても有名だったベニー・ユキーデというアメリカの
キックボクサーでチャンピオンだった格闘技の先生がいます。
子供の頃から各種武道や格闘技を学んで、最終的には寸止めの空手大会
での多くの優勝を経て、キックボクシングの世界に入って行きました。

 これが恐ろしく身体能力が高く、とにかく強い人で、日本にもよく試合
に来ていました。引退してからはしばらく俳優もしました。ジャッキー
チェンとスパルタンXで競演しましたが、二人のファイティングシーンは
とにかくすばらしかった。(ベニーは下に何か着込んでいる様ですから
ジャッキーは当てることを前提に演技をしているようですね。)
 本物の技術と高い身体能力のなせる業です。ピークは完全に過ぎているのに
ここまで動けるのはすごい。今はジムの経営をおこなっていますが、
この人の戦いの技術や考え方というのは、なかなか勉強になります。

 で、この人が言う「トレーナー」と「先生」の違いというのが
なかなか興味深いのでご紹介します。

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 トレーナーというのは基本的には「あなたのこの技術がいいから
こうしなさい、これはいいね、でもこれは駄目。だからここを直して
その為にこういうトレーニングをして」と教えてくれる人。
だから本当の技術自体は、全てとは言わないがわからない人が多い。

 一方でまず生徒に対して、生徒自身がどう取り組み修正し、どう感じ、
考えるか、というのを教えてくれるのが先生。何をどうするかを教える
のではなく、まず実践して見せ、実践による理解を技術として説明し、
技の体系や弱点なども総合的に指導することが出来るのが先生。

何でもこれがいいよ、こっちの方がいいよ、ではなくて、その技の
弱点も知れば、さらにそれを力に変えることが出来る。色々な側面から
総合的に説明や指導が出来るのが先生。その為には自分で実践して身に
着けた技術を持たないと、そういう指導はできない。熱心に指導を
楽しんでいる人の悪口を言うつもりはありませんが、まずは本当に技術
を理解する。それが指導者の責任だと思います。」

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 剣道には、その他にも先生の考え方などが大いに影響されますが、
技術指導に関して言えば、こういう意見も確かに一理あると思います。
もちろん、それがすべてではありませんし、多くのコーチと呼ばれる人は
元は一流選手です。しかし、技術というのは日進月歩です。常に自分も
研鑽していかなければなりません。
肝に銘じて取り組んで行きたいと思います。