第93回 38?39?

 最近は竹刀の柄に「34」「36」とナンバーが打ってあるものが
あります。これは何だかお分かりでしょうか。

 剣道をされている方はご存知だと思いますが、これは竹刀の長さです。
竹刀の長さは、伝統にのっとって尺寸表示です。例えば竹刀に「34」
と表示があれば「三尺四寸」ということです。成人男性は試合規定で
長さ3尺9寸以内で510グラム以上と決められていますので、大抵の
剣士はこのサイズのものを使用していますし、剣道具屋で買う竹刀は
一番大きいものが大抵この規格で作られています。現代の剣道の試合の
ルールでは当然長くて軽い方が有利ですから、規格ギリギリのものを使
うのが当然でしょう。
 そこで、この大人の基準サイズを略して「サンキュウ」「サンパチ」
などと呼んでいたのが、そのまま表示に使われるようになりました。

 実は、この竹刀の長さというのは実際の刀の長さではありません。
刀でも長いのは太刀(たち)とよばれた、腰から吊るすタイプのもので
したが、時代が下って平和な時代になり、戦場で馬に乗るより腰に差す
ことが多くなりました。すると、馬に乗って使うことを前提に作られた
太刀では腰の帯に差して歩くと、長すぎて引きずるようになってしまう
ので、それよりも短い3尺2寸程の刀が多くなりました。ピンとこない
方は、小学校低学年が使っている竹刀の長さを考えて下さい。

 ところが、普段腰に差す刀のサイズとしてはいいのですが、普通の
竹刀をこの長さに切ってしまうと、どうしても軽くなってしまいます。
刀は約1キロ、現代のこのサイズの竹刀は400グラム程度です。
これでは、刀の練習にはなりません。

 また、今度は試合に有利なだけの、刀の理屈が通らない槍のような
長い竹刀を使う人がでてきたそうで、そこで遠心力などを考えて刀より
軽いが、やや振りづらいという長さの3尺9寸を幕府の道場(講武所)
が奨励したので、そこから現在この長さになったと言われています。

 江戸時代のある流派では、竹刀が軽すぎて実践的ではないというので
太くて重い短い竹刀をつかったそうですが、太くて短い竹刀はしならな
いので、衝撃を吸収しない。丸太で殴られているのとほぼ同じです。
 その流派の道場では、稽古であの硬い面金が曲がり、先生との稽古で
気絶して床に倒れている人がゴロゴロいたと伝えられています。

 いくらなんでも、これは現在の剣道の安全性ということを考えれば
却下せざるを得ないでしょう。実は私も重くて太い、短い竹刀を使って
みたことがありましたが、皆から文句がでて止めました。ちょっと小手
にあたっても、すごく痛いそうです。

 さて、3尺4寸はインチ表示で言えば「3フィート4インチ」になり
ますね。尺とフィートの長さはほぼ同じですので、これでも間違いない
でしょう。ちなみにフィートはその言葉のとおり足のサイズを基準にし
たもので尺と言うのは、その名のとおり腕の尺骨の長さだそうです。
また、偶然ですがインチと寸、両方とも親指の幅だと言われています。

 竹刀の長さが変われば、当然その柄(つか)の長さも変わります。
柄というのは、いわゆるグリップの部分ですが、一番持ちやすいのが、
自分のひじの内側に柄頭(つかがしら、一番下の部分)をあてながら、
同じ手で一番上を握ることが出来る柄の長さが、その人の最適のサイズ
と言われています。

 この長さは、ほぼ腕の尺骨の長さと同じです。ですから、これが大人
だと、ちょうど約一尺の長さになります。また、竹刀の先端から一尺の
長さの部分が打撃の時にもっとも効果的に力がかかる部分であり、この
部分が竹刀の相手を打つところ(打突部)となります。

 こうして見ると不思議なところで、尺や寸という基準は昔の人間工学
と実に自然なつながりを持っていたことがわかります。

 ちなみに、剣道では他でも尺寸で表示をすることがあります。
面紐の長さは7尺から8尺(つけ方によって違う。また身長や体格に
よって切って調節する。)、胴紐は上は3尺前後と下は2尺前後。
こちらも尺で表示しています。ただし、現代に作られた競技のルール
などは、センチメートル表示になっています。(剣道着や袴のサイズは、
現代の身長や服のサイズであわせて買うことが多いので、現在は尺寸
表示は使いません。)

 子供たちが尺寸を滅多に使う機会はありませんから、剣道は尺寸を
使う、とても良い一つの機会だといえるでしょう。

第92回 鉄はあついうちに

 今週は稽古のあとで子供たちにこんな話をしました。

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 みなさんは、お侍さんたちが昔使っていた日本刀を知っていますか。
日本の刀は、鉄の固まりから一本の刀ができるまでに半年もかかる
そうです。刀を作る職人さんが、鉄が熱いうちに何度も何度も叩いて、
折り曲げて重ねて、また叩いて、その後で、研いだり鞘や作ったりする
仕事をする人に渡してやっと出来るのです。

 では、なぜ何度も叩いて折り曲げるような面倒なことをすると思い
ますか。鉄は何度も叩かれると強くなる性質を持つそうです。だから
それだけ手間をかけて、よく切れる丈夫な刀を作るのです。

 あなたたちも熱い鉄と同じです。若いうちに何度も叩かれて、厳しい
稽古をのりこえれば、その分だけきっと強くなります。

 掛稽古というのはきついです。でも手を抜こうと思ったらいくらでも
楽にできるし、逆に自分で厳しくしようと思ったら、いくらでもで厳しく
できます。「つらいなあ、いやだなあ」とその時に思っても、厳しい
稽古を乗り越えればきっと強くなる。それを忘れないようにして下さい。

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 まさに「鉄は熱いうちに打て」ですが、子供たちには日本刀の製法
の説明は省略しています。ここでは、もう少し細かい部分を説明したい
と思います。

 ご存知のとおり、昔ながらの製法で鍛えて作られて日本刀というのは、
ただ鉄を板にして刃をつけただけのものではありません。

 日本刀に使うのは玉鋼(たまはがね)と呼ばれる和鋼で、たたら製鉄
で砂鉄を炭で焼くことで作る日本産の鋼です。酸化鉄を炭火で焼く、
つまり酸化物を多く含んだ鉄に一酸化炭素をまぜて化学反応を起こして
酸化物を取り除きながら、程よい量の炭素を混ぜます。
 やや乱暴に単純な言い方をすれば、炭素が多いと鋼は硬くなりますが、
硬すぎると今度は折れてしまいます。逆に酸化物が多いと伸ばしやすく
なる分、硬度が落ちてしまいます。

 さて、ここで作られた鋼を、今度は金槌で叩いてある程度平たくして
何度も折り返すのですが、これは炭素量を均一にすること、それから
何度も叩くことにより表面の炭素や不純物が弾き飛ばされて、酸化物を
内部に細かく分散させることで、粘り強さを出すためです。刀鍛冶の
職人さんは、これを火加減や叩き具合で調節していくのです。

 そして、今度は芯になる柔らかい鉄と表面になる硬い鉄を混ぜながら
刀の形を作り、今度は鉄の性質上、硬くするには急激に熱して、急激に
覚ます必要があります。焼いて、叩いて、冷まして、この作業を延々と
行います。これにまた部分的に焼きいれをして、最後に研いで磨いて
やっと日本刀が作られるのです。

 ちなみに、洋鉄を使った工業製品の場合は違う製鉄の仕方をしており
最初から酸化物と炭素が均一に安定した素材を使うので、同じ製品が
できるのです。焼き入れ方法も違います。一方、刀鍛冶は、その鉄の
性質や火の具合などを見ながら一つ一つ微妙な調節をしていきます。
ですから、一振りとして同じ物はありません。これが工業製品との
違いです。

 日本刀は、刃は硬く、芯は粘り強く、美しい反りのバランスと波紋に
よる見た目の美しさから、その個性と芸術性を高めています。
 ただ硬いだけでも、軟らかいだけでも、そして単に鋭いだけでもなく、
強く柔軟で美しいという、人間としての高みを重ねることができるのでは
ないかと思います。

 余談ですが、「相槌を打つ」と言う言葉は、刀鍛冶が鉄を交互に打つ
その呼吸から生まれた言葉だそうです。

第91回 家庭と剣道

 私事ながら、日本の若き剣友が結婚しました。
そこで、今回はおめでとうの意味もかねて(?)禁断の話題である、
家庭と剣道の話です。

 先日、結婚間近の他の友人から質問がありました。
「先生、赤ちゃんが生まれた時どれくらい稽古できましたか。」
「うーん。そりゃ人によるけど、まあ最初の3ヶ月は無理だな」
「え、本当ですか!?」
「うん、だって、赤ちゃんの世話ってだけじゃないからな。
カミさんだって寝られないだろうから、結局は仕事以外は家から
出られないぜ。」

 これを聞いてがっくりとうなだれていましたが、まあ赤ちゃんが
できれば、かわいくって剣道どころじゃなくなる人もいますし、
実は二人目なら完全に無理ですが、一人目だったら、稽古しようと
思えば週に1日くらいはなんとかなるもんです。

 ただし、これは奥さんの気分による所が実に大きく、つまりは
「あたしがこれだけ子育てで苦労しているのに、あんたは剣道して
ばっかりで何にもしないじゃない!」
と言われないようにするのが最も大切なところです。

 思い起こせば、私は何事も稽古だと、せめてもの気慰みに赤ちゃん
を抱っこしながら、剣道の構える時の、かかとをやや上げた立ち方で
足さばきの稽古をしていました。後は時間ができた時に家でひたすら
素振りでした。

 剣道は稽古は対人で行うものですから、一人でランニングやジムに
行くのとはちょっと違って、どうしても稽古時間が決められて
しまいます。団体競技と同じなのです。

 ここが一番の難点で、いくら一人稽古が大切だとは言っても、
素振りだけしていて楽しいということは、まずありません。やはり
仲間と稽古しなければ面白くない。一人でサッカーボール蹴ってても、
テニスボールを壁打ちしていても、それはそれで楽しいですが、
やはりゲームがないとイマイチ面白くありません。それと同じことです。

 こういうスポーツの経験がある奥さんは多少理解がありますから、
頼み込めば、しぶしぶOKしてくれるかもしれませんね。

 子供がいないご夫婦は、やはり仕事以外の時間でどれくらい時間を
奥さんと過ごすことに費やせるかがポイントでしょう。週末よりも
仕事の帰りの方が稽古のチャンスはあるかもしれません。奥さんも何か
他のスポーツをしたり、時間を費やす趣味があればしめたモンです。
奥さんがその趣味に熱中する時間だけ、稽古ができます。

 新婚であれば、一緒に稽古に連れてきてしまうという手もあります。
そのまま奥さんも剣道を始めてしまう、というのも素晴らしいですし、
剣道生活的には、剣道をやっている女性と結婚するというのが大正解
なんですが、逆に赤ちゃんが出来ると
「あなただけ稽古するのは不公平よ!」
と言ってすねる可能性が大きいので、これも気をつけなければいけない
ポイントです。

 子供が大きくなったら...当然剣道を始めると思いますので
子供の稽古を理由に、少なくとも子供の稽古が終わった後で大抵は
自分の稽古ができます。ただし、その前にお散歩と称して子供を連れ
出し、稽古を見せたりして、ちゃんと
「大きくなったら剣道やろうね~」と何年もかけて、子供を洗脳して
おく必要があります。

 ちなみに私の家内への最後の言い訳は
「自分の旦那が外で酒飲んで、若いおネエちゃんと遊ぶこと考えたら、
竹刀で叩き合ってる方が全然健康的でマシだろう!」
というものですが、
「その前に、アンタが若いおネエちゃんにモテる訳ないだろ!」
と返し技で一本取られて、ガックリすることの方が圧倒的に多いので
この言い訳は剣道だけに「両刃の剣」でもあります。

...お後がよろしいようで。