第86回 日本人としての誇り

 日本人の文化というのは「恥の文化」とよく言われます。
恥を知るということは、当然「恥ずかしくない行いをする」
ということにつながります。

 しかし、恥の文化というのは、日本のかつての村社会で
周りの人様にどう見られるか、というところが基本に
なっているような気がしてなりません。逆に言えば
人と違った事をして後ろ指差されるのが恥ずかしいならば、
それは必ずしも良い方向に働くとは限りません。

 武士の「恥ずかしくない」というのは人様に見られて
恥ずかくないのではなく、武士としてその名に恥じない
という「誇りの文化」であったと思うのです。

 なぜそう考えるかというと、 例えば今回の震災でも
お分かりのように、命をかけて私たちの日々の安全を
守っている人たちが「人様に見られて恥ずかしくないように」
なんて気持ちで、命をかけられるはずはありません。

 自分の消防士、自衛官、警察官という、自分の選んだ
職業の誇りにかけて職務を全うし、市民を守ってみせる。
個人である前に、医師、看護士として多くの人を救ってみせる。
命の危険を承知で被災地で人の為に働いた職業の人たちです。

 もちろん、そういう職業でなくても、同じ気持ちを
持っている人はたくさんいるでしょう。たとえば今回の
原子力発電所の事故の、現場での作業をされた方たちも
命を懸けて津波の来る場所に避難勧告に向かった市役所の
職員達も同じ気持ちであったと思います。

自分が流される災害センターの役場の防災無線で最後の
瞬間まで皆に避難を呼びかけた女性の話をはじめ、津波の時も
他人を助けて自分が命を落とされてしまった方の話を聞くと
本当に胸が熱く、苦しくなります。

 とっさに無我夢中で動いてしまった方も大勢いらしたでしょう。
その勇気はすばらしいものです。
 しかし、冷静な立場で決断をして、あらためて自ら危険に
飛び込むのは、誰でもとてつもなく怖いものです。

 そんな時に、最後に背中を押してくれるのは、自分の職業や
自分自身に対する誇りにかけて、危険を恐れずに多くの人々を
救いたいという強い気持ちだけだと思います。

 そして今、被災者を助けようとしている、日本の多くの
人々が心の中に抱いている強い気持ち、それこそが
「日本人としての誇り」だと思います。

 なぜ日本では大規模な略奪や暴動などが起こらなかったのか
と海外のメディアでは言われていますが、暴れるのが恥ずかしい
からではなく、「人としての誇りがある」と考える人が
大勢いるからというのもひとつの要因だと思います。

 こういう「誇りの文化」こそが日本の本当の財産であって、
私たちが代々受け継いでいかなければならない物だと思います。
そして「誇りの文化を持つ日本人」であることを
心から誇りに思います。

 剣道クラブの子供たちにも、こうした日本人であることの
また、日本人の血を受け継いでいることの誇り、日本人では
ない子供や大人たちには、剣道を学んでいる事の誇りを持って、
社会や困っている他人の為に、勇気を持って手を差し伸べる
ことができる人間になって欲しいと思います。

第85回 礼とはなんぞや

「剣道は、礼に始まり、礼に終わる」
 いつもの様に、稽古の前と後に子供たちに復唱させて
いる言葉です。その通り、剣道で大事なのは礼儀です。
 しかし、その礼儀と言うのは頭を下げて
「おねがいします」「ありがとうございました」
と言うことだけでしょうか。

 先日、私のところに、ある方からメールで連絡がありました。
大学の学生のさんで、何年か前にお会いした方です。
 剣道経験者なので、地元の稽古に参加させて欲しいと言うことで
一度、稽古にいらした時に、稽古着と袴ををお貸ししました。
「では洗って持ってきます」
そういったまま、その方はそれっきり稽古に参加されませんでした。

 そして、先日のメールで、英語ですが
「長く剣道着を借りっぱなしになっていますが、大学の体育館の
受付に預けておいていいですか」
というメールだったので
「日本人で同じく剣道を愛する者として、稽古に参加しなくても
いいから、ちゃんと自分でお礼の一つも言って返しに来て欲しい。
私がいなくても他の者に渡して欲しい。よろしくおねがいします」
という趣旨のメールを返信しました。

 それっきりです。挨拶どころか返信もありません。
これが、剣道を学んで段まで取得した人間の常識とすれば
非常に残念で悲しいものです。

 ワーキングホリデーの若い方でも同じようなことがありました。
防具を借りたまま連絡もなく、稽古に戻ってこなかった方は
残念ながら何人かいます。人づてに返してもらえれば、
まだいいほうです。

 日本の武道を修練する日本人以外の人たちは、単に競技としての
スポーツとして武道を学んでいるのではありません。
技術と同時に心を学ぼうとしている方がほとんどです。
そういう人たちに礼を示せない日本人がいるのは
本当に恥ずかしい限りです。

 残念なことですが、こういうことは日本でも
たくさんあるそうです。
 ある子供がある日突然稽古にこなくなって、
しばらくして保護者の方に町で偶然会ったが挨拶もなく
先生の方から声をかけて
「最近、稽古にきてませんけど、どうかしましたか」
って言ったら
「もうやりたくないっていうんで辞めました」
と返事をされたそうです。

 人に物事を頼むときは「礼」でも、終わってしまえば
そのまま。これが本当の礼でしょうか。辞める時に一言くらい
挨拶にくる事すらできないと言うのはいかがなものでしょう。

 親が礼儀を示せないのに、剣道で子供に礼儀を教えて欲しい
なんて馬鹿なことはありません。私もうっかりでも、
こういうことがないようにと、常に反省しています。
(いや、うっかりすることは実に多いのです。)
 
 しかし、もちろん小生がオーストラリアに移住して以来
剣道に参加して下さっている方々は、礼を正して下さる方が大多数です。

 今でも覚えているのは、ビーチサンダルに長髪とひげづら
よれよれのTシャツと短パンで
「稽古に参加させて下さい。」
 と言って稽古に参加したワーキングホリデーの方です。
 剣道は学生時代に少しやってましたと、言ってましたが
なかなかどうして、鋭い動きで真剣に稽古をされていました。

 その彼が次の稽古の時に来て
「すみません、急に旅にでることになったので
稽古に参加できなくなりました。稽古ありがとうございました」
と言って、これでもかというくらいキチンと丁寧に畳んだ袴を
ちゃんと袋に入れて置いて帰っていきました。

 人は見かけで判断してはいけないという最も良い例ですが
 剣道着が帰ってきたことよりも、わざわざ挨拶に来て
誠意を示してくれた事がとてもうれしかったですね。

 そういう相手の気持ちを考え、感謝の気持ちを表せる事が、
本当の「礼」なのではないでしょうか。
日本人としてだけではく、まず人として大切にしたいものです。

第84回 強い心、思いやる心

 東日本大震災では多くの方々が被災されています。
分刻みで新しく届くニュースを読むたびに心が引き裂かれる思いです。
被災者の方々の一刻も早い救済を心からお祈り申し上げます。

 被災地の現場では危険を顧みず、警察、消防隊員、自衛隊員の方々が
必死の救助を行っています。「仕事だから」「お金をもらっているから」
というだけではできません。

 強い心とは思いやる心です。困っている人の為に己を捨てて
望むことができる心です。

 戦う事、勝つことも大切です。でも、まずは命を惜しまず
物事に向き合う事ができなければ、勝つことは愚か、戦うこともできません。

 逃げ出さない心とは、自分が怖いと思う気持ちに打ち勝つと言う事です。
怖いものがない人はいません。誰でも皆同じです。

 しかし、ただ怖がらないというだけでは意味がありません。
その目的の方が重要です。どんなに暗いところやゴキブリがこわくても
いざと言うときは他の人を助けたいという気持ち一つで、危ない所に
飛び込んでゆけるか。

 警察を筆頭に、体を張って私たちの安全を守る仕事につかれている
方々が武道を修練するのは、そういう意味があるからです。

 勝つ為の技術だけを教えている格闘技は世界中にいくらでもあります。
人をいかに倒すかにこだわる格闘技のクラブも、世界中に数えれない
くらいあります。そもそも本当に人を倒す事を考えたら、最初から
銃火器を使います。その方がよっぽど効率的です。

 しかし、それ以前に武道の稽古で養うのは、人の為に自分を
捨てて戦う、その気合を学ぶ為だと思います。

 以前、お仕事で警視庁警備部警護課、いわゆるSPの方々と
お付き合いをさせて頂く機会がありました。その時に、私が親しくして
頂いたSPの方がおっしゃっていました。

「大変な仕事だ、大変な仕事だって言われるけど、俺たちの仕事は
生きた盾になることだ。自分から銃口の前に立って撃たれるってことだ。
その気持ちは他人にはわからない」

 多くの子供たちには、剣道を初めとした色々な武道で、たくさんの事を
の事を学んで欲しいと思います。

第83回 白+紺

 先日、我が家の子供たちの間でこんな会話がなされていました。

兄「おとうさん、僕は次のサイズも白い剣道着と袴がいい」
弟「えー、それじゃ女の子みたい」

 そこで、お父さんが口をはさみます。
父「じゃあ、お父さんは女の子か?お父さんも時々上下白着るぞ?」
弟「うん、おとうさんも女の子。」
父「ちょっとまて、A先生もB先生も白着てるぞ?」
弟「うー、みんな女の子だー!」
父「なんでお前は...あ、ちょっと待て!」

 論理的に行き詰まった下の子は、速攻で逃げましたが
さて、実のところはどうなんでしょうか。

 子供たちが着ている剣道着は白地に黒の刺し子、もしくは
紺地に白の刺し子(今は六三四刺と呼ばれています。
昔は違ったんですが...。)です。軽くて動きやすく
冬は寒いですが、子供にはぴったりです。

 しかし、これは大人は不思議と着ませんね。決まりはない
んですが、TVのドラマで剣道を知らない衣装さんが
準備した以外は、大人で着ている人は見たことがありません。
 大人は無地の細かい刺し子で、もう少し厚めの生地です。
少しくらい叩かれても衝撃を吸収し、怪我を防ぐことができるからです。
藍染、二重、手差しと手間がかかるにつれて、値段も高くなります。

 以前お会いした先生は、新潟県の農村の農家のおばあちゃんが
農閑期に一針ずつ縫う手差しの剣道着という、非常にレアな
剣道着を着ていらっしゃいました。新品なのにすばらしく
やわらかくて着やすいとのことですが、まあ、そこまででは
なくとも、一着はいい剣道着があるといいですよね。

 さて、色ですが白と紺、どちらを選ぶかは完全な好みです。
多くの場合は藍染ですが、何故藍染になったかというと
藍は殺菌作用がありますので、少し汗をかいても、繊維に
多少汗が染みついても匂いが付きづらかったり、繊維自体の
ダメージが少ないからです。
 一方で白の利点というのは「色落ちしない」これにつきます。
ただし、汚れやすいので袴も頻繁に洗わないと汚くなります。

 また、その昔は切腹の際には白い着物でしたから
命を捨てる覚悟で稽古をするという意味で着ている方も
いらっしゃるかもしれませんね。

 一般的にはやはり学生の場合男子は紺、女子は紺か白
という所が多いですが、学校で男子チームがそろって白だったり
すると目立つので、学校や道場で試合は白を着たりという
ところもあります。大人では、お年を召された高段の先生が
よく白を着たりしますし、皇宮警察は全員白の剣道着と袴です。

 上が白、袴が紺や黒というパターンもあります。
ただし、試合などではあまり見ませんけど。大人の試合は
大体が紺の上下ですね。上が紺で下が白は見たことがありません。
まあ、見慣れないだけでおかしくはないんでしょうけどね。

 そういえば、藍染の剣道着と白い剣道着、うっかり一緒に洗って
白い剣道着がすっかり水色になってしまったこの週末でした。
ううううううう。(涙)