第70回 大声

 剣道の稽古をしていて、その哲学や体力、精神力ではなく、剣道で
身に着けた技術が剣道以外の役に立つということは、ほとんどありません。

 剣道を初めて見たオーストラリア人の子供に
「道を歩いていて、突然誰かに襲われても勝てますか」
と聞かれても、その答えは
「その前に、普段からいつも木刀を持ち歩いていたら警察に捕まります」
という以外にはありません。

 しかし、ただ一つだけ、私が普段から仕事上でも活用している剣道で
身に着けた技があります。それは「大声」です。

 あまり意識はしませんが
「剣道で号令かける時は声が大きいね」
と言われることがあります。普段は結構小声なんですけどね。
大声じゃないと、面つけてたら聞こえる物もよく聞こえません。

 当然の事ながら、剣道で使う大きな声というのは、ただ怒鳴るのとは
違う発声の仕方をします。強いて言えば、歌手の腹式呼吸に近いものでしょう。 

 しかし、剣道の気合の出し方を変えてみて研究することはあります。
例えば最初の「ヤア」の部分です。
「ヤアアアアアアアアアッ」と、とにかく全身からの大きな声で相手に
対して圧倒するような気合をかけたり「キエエエエエッ」という高い声で、
竜が尻尾を震わせる様なイメージで気合をかけてみたり、
「ヤアッ」「エイッ」と一瞬で短く太く気合をかけたり、
時には無声で気合をかけみたり。

 つまるところ、ポイントは腹圧を上げる事と響き方です。
よく響く声で気合を掛けられて、相手がウッとひるんだら、それが
一番いいんです。昔の名人は、相手が予期せぬタイミングでエイッと
気合を掛けて、一瞬相手をひるませて技を出したといいます。

 嘘かまことか、名人の気合で相手の腰が抜けて、茶碗が割れた
なんて話もあるくらいですから。それに、本気になって必死で気合を
掛ければ、自然とお腹からいい気合が出るはずです。

 かの有名な新撰組の局長、近藤勇の掛け声は、甲高く腹に響くような
気合で、池田屋事件の時も、仲間の隊士が「敵に囲まれて斬り合っていて
疲労の為「もうだめだ」と意識が遠のきそうになった時に、別の部屋で
戦っていた近藤局長の腹に響くような気合で、一気に目が覚めた」
と手記に残しているくらいですから、相当なものだったのでしょう。
 沖田総司も師匠である近藤そっくりの気合で、歩いて十分も離れた
ところまで気合が聞こえてきたといいます。

 ところで、子供たちには打つ前の気合は「ヤア」と教えています。
「いくぞ」という気持ちを表すものです。
 昔の剣術のように、日本剣道形でも掛け声が「ヤア」これに対して
「トウ」と応じるので自然にそうしていますが(剣術がヤットウと
呼ばれたのはこの為)、実は言葉自体に関しては気勢の充実が
現れるということですから、「メン」など打突部位以外の言葉は
特に規則には決められていません。
 ただ「充実した気勢」と書かれているだけです。

 ですから、時には聞いていて思わず力が抜けてしまうような
気合をかける人もいます。(それも作戦なのかもしれませんが。)
「おりゃさーっ」「よっしゃー」「どっこいしょー」
なんて人もいます。変わったところでは
「キャキャキャキャキャーッ!」
としか聞こえない、これはこれで恐ろしい気合の人もいましたし
「ほーっほっほっほっ」ってお前はサンタクロースか!?
と、思わず突っ込みたくなる人もいました。
「ほいほいほい」なんて、お前は人を馬鹿にしているのか?
なんてレベルです。

 そう言えば自分の8歳の息子に
「どうして、みんな気合が違うの?」
と聞かれたことがありましたので
「こんな面白い気合をかける人もいるんだよ」
という話をしたら、
「じゃあ、ぼくバナナが好き~っ!ってどう?」
って。それ気合じゃねえだろ...。(笑)

 さて、昔の他の古い流派の気合は「エイ」という掛け声とに対して
「ヤッ」などだったようで、他にも九州の薩摩(鹿児島)の示現流の流れを
組む流派は「チェストー」上州(群馬県)の馬庭念流は「キエエエエエエッ」
「チェエエエエエエッ」だそうです。今でも古流を稽古されている方は
こういう掛け声のはずです。

 そもそも、私が最初に習った掛け声なんて「オイソレ」でしたからね。
「おいそれとは負けはしないぞ」なんていう意味のとおり「直ぐにいくぞ」
「おい、今行くぞ」という意味ではないかと思います。
 ずいぶん古風な言い回しですが、戦前の先生方はこんな感じの方も大
勢いらしたと思います。

 ただし、いくら気勢が表れていても聞き苦しい気合は避けた方が
よいとされていますし、そもそも意味のある言葉であってはなりません。
「コノヤロー」「バカヤロー」「ブッコロスゾテエメー」「ナメテンノカコラー」
気合入りすぎです。チンピラの喧嘩じゃないんだから駄目です。

 だからといって英語で「カモォォォォーン」「キルユーッ」も駄目です。
全て試合では完全に反則です。

 剣道は人間修養の道ですから、その辺をご理解頂きます様。

第69回 武道家は人格者か

 武道、とりわけ剣道をしている人で、先生と呼ばれる人のイメージは
どんなイメージでしょうか。

 おそらく一般的には「きびしい」「礼儀にうるさい」などのイメージ
ではないでしょうか。それと同時に剣道は礼が大切と唱っていますから
当然先生本人も礼儀正しい人格者であることを求められるのではないかと
思います。(ただし、礼儀正しいのと人格者ってのは違いますけどね。)

 本来の武士の仕事は戦うことです。当然、勇猛であることが求められ
ました。しかし、豊臣の時代が終わって徳川の時代、江戸時代になると
統一された日本は次第に平和な時代となり、武士は支配階級になりました。

 武士が戦場で血刀を振るって駆け巡る時代が終われば、武士の本来の
存在価値は無くなります。その代わりに、武士は武士としてのステイタスを
掲げる必要があったのです。

 突然ですが、侍になぜ茶の湯が流行ったかご存知でしょうか。奈良時代に
薬として唐から持ち込まれた茶が僧から公家、武士に広がります。
 足利義光(足利3代目将軍)が北山文化で茶や花、能楽などの文化を
擁護し、義政(足利8代目将軍)は自らさまざまな芸術の趣味の世界に
没頭しました。

 その足利家を利用して実権を握った戦国の武将、織田信長が茶の湯を
上流階級のステイタスとして褒章に茶道具を与えたことから、茶の湯は
次第に武士の嗜(たしな)みとされるようになります。田舎から出てきた
荒くれ侍たちに、少しは洗練された態度を身に着けさせようと始めさせた
ものだという説もあります。そして、江戸時代になると、刀を振りまわす
ことがなくなった上級武士の完全なのステイタスとなったのです。

 さて、武術が武道となって、人生哲学や精神論を取り入れ始めたのは、
刀を振り回すだけでは人を治める事ができなくなったからです。
 ちゃんとした道徳観をもっていれば、むやみに人を傷つけるような
振る舞いはしないでしょうし、まずは支配者は自分の軍隊を統制する
必要がありました。ただ人を倒す為の殺戮兵器のような兵は時代が必用と
しなくなったのです。

 現代も同じで、仮に一撃必殺の技を厳しい修練の末に習得したとします。
でも「だからどうした」と言われればおしまいなのです。自分の生徒も
周りの仲間も、徹底的にあらゆる手段を使って、ただ勝手に倒しまくったら
どうなるでしょう。どんなに強くとも他人は相手にしてくれなくなります。

 逆に言えば、「先生」と呼ばれる立場であれば、そのことを自覚して、
皆の手本になるように努力しなければならないということです。
 先生だって人間ですから頭にくる事だって悩む事だってあるでしょう。
 武道の先生方は、宗教指導者などの聖職者かとは違って、やはり激しい
一面を心に秘めているものです。ただ、その心を如何にコントロール
できるかも修行の一つなのでしょう。

 ある人が言っていました。
「性格はそう簡単には直らない」
 そうかもしれません。しかし、直らなくても、気をつけることは出来ます。
いつも気をつけていれば、いつか自然に気をつけられるようになります。ただ、
最初のウチは気をつけることを忘れなければいいのです。

 すべての剣道の高段者が聖人君子ではありません。皆、同じ人間です。
(中には同じ人間とは思えないくらい強い先生もいますが。)
 しかし、皆から尊敬されている先生、本当にすばらしいと言われる先生方は
皆、人間的にもすばらしい先生方です。剣道だけでなく、それ以外の
一挙一動からも学ばせて頂く事がたくさんあります。

 そして、このような人としての在り方を考えることで、また剣道に対する
考え方が変わるのではないでしょうか。