第58回 絵を描く心

 まったく個人的なことになりますが、私は訳があって鉛筆によるデッサンの
練習をしております。といってもなかなか暇が無いのですが、なるべく5分なり
10分なり時間をとって練習するようにしております。

 剣道の師で、また映画会社に勤めていた父も元々は画家で、実家も
私以外は芸術家ですし、子供のころは芸術家になりたいと思っていた
くらいですから、絵を描くのは昔から好きでとても楽しいのです。
 しかし、本当に長い間、忙しさにかまけてデッサンを本気で勉強
する機会など無く、今は学校に行く時間があるわけでもなく、
独学に近い形で、腕に描くことを思い出させるように、とにかく
下手でも何でも描いている、と言うのが正しいでしょうか。

 で、とりあえず目の前にあるものをパッと描き始める訳ですが
どうもイマイチ上手に描けないものがあります。
 それはスプーンです。あのメタリックな感じというか、
質感を出すのがとても難しい。
 色々な大学生や専門学校生のデッサンの課題を見ながら
「うーん、すごいなあ。なんでこんなに描けるんだろうか。
こっちは、なんでこんなにすごいのに、評価が低いんだろうか」
と、うなってばかりいるのですが、こればっかりは専門家に聞いた方が
早いだろうと思って、日本にいる美大卒の実妹にちょっと聞いてみた訳です。

「...と、これこれこういう訳で、スプーンが描けないんだが、
どうしたらいいもんだろうか」 
 妹はしばらく間を置くと答えました。
「うーん、兄ちゃん、それはスプーンの気持ちになっていないからだよ」
 ス、スプーンの気持ち?あまりにも意外な答えに、私はちょっと驚きました。
「スプーンの気持ちになって描くんだよ。蟻を描くなら蟻の気持ち、
りんごを描くならりんごの気持ち。そこまで気持ちを入れて丁寧に
きっちりと描き込むんだよ」

 ほほぅ。スプーンの気持ちね。なるほど。

「でも光ってる部分てどうやって描くの?反射して写ってるものも描くの?」
「そう、見たとおりにだよ。素直に見たとおりに」
 私は続けました。
「でもさ、メタリックな質感がなかなかでないんだけど。鉛筆もちゃんと
使えてるのに。技術的なことなのかな」

 すると、妹は言いました。

「あのさあ、質感なんていいんだよ。細かい技術なんか気にしながら鉛筆
使うよりも、見たとおりに、丁寧に素直に、そのまま描いて行けば、
いつの間にかちゃんとそう見えるように描けてるよ」
「そうか。でも、他の物は描けるんだけど、スプーンはやっぱり難しいよ」

 そこで言われた言葉に、またしても私は大変ショックを受けました。

「兄ちゃん、それは描く前から自分の気持ちがスプーンに負けているからだよ
まず気持ちで勝たないと」

 その時、私はハタと気がつきました。
「これは...剣道じゃないか」
と。

 剣道は、確かに技術も必要です。でも、結局は素直な気持ちで真っ直ぐ打つこと。
一心に目の前に相手に集中して掛かる時は、技術なんて意識しないですもんね。

 初めは、とにかく一心に真っ直ぐ打つことを習って、できるようになったら
勝つために色々な技術を学んで、厳しい稽古を積んで、それができるように
なったら、またしても初心者と同じく、無心の素直で確実な打ちを目指します。
 まさに心の修行です。結局は小手先の技術ではなく、素直な気持ちで自然に
勝てるようになる日を目指して稽古をするのです。
 そして、そういう打ちこそ、人の心に残るものなのです。

 私は生まれて初めて心の底から妹を尊敬しました。まるで剣道の先生のお言葉の様です。
 すると、妹は続けました。

「...って、昔お父さんが言ってたよ」

 え?何、そうなの?つまり、妹が予備校時代にデッサンの練習をしている時
このように父に教わったそうです。どうりで剣道の先生っぽいと思ったよ。(笑)
 まあ、でもその教えをちゃんと守って、かつては大学でも優秀な成績を修めた
訳ですから、やはり妹も今や私の立派な芸術の先輩です。

「あとは影だね、ねりけし(練り消しゴム)でさ...」
「持ってない」
「...何?」
「持ってねえよ、そんなの」
「ええーっ!!!ねりけし使わないで描いてんのぉ!?」
「でも細かい所も角を使って、ぴゅーって消せるぜ」
「だめだよそんなの!影の効果は、みんなねりけし使って出すんだよ!」

 つまりは、「ねりけしが無い」という今の会話は

「先輩、どうも面着けてても、頭も痛いし、どうもずれるんですけど。
汗かくともっとすべるんですよね」
「おかしいなあ。面のサイズあってるんだろ」
「はい」
「手ぬぐいの巻き方がおかしいんじゃないか?」
「...はい?」
「どうやって巻いてるんだ、手ぬぐい。こめかみに当たってないか」
「手ぬぐい...これって頭に巻くんですか」
「...オマエ。まさか手ぬぐい頭に巻いたことないの?」
「いや、ないですけど」
「なに~!!!!」
「一体何に使うのかなーと思って。汗拭くんじゃないんですか?」
「おまえ、わかんなかったら聞けよ~!!」

という会話に等しいそうです。

 明日、画材屋でねりけし買ってきます。

番外 防具の手入れについて

剣道防具の手入れに関して


 そろそろ冬も終わりに近づき、晴れた日には汗ばむような季節がやって
まいりました。汗をかいた防具や剣道着は、放置しておくと雑菌が繁殖し、
臭い匂いを発します。以前から剣道の防具が臭いといわれていた原因はこれで
手入れを怠ると防具も長持ちせず、不快なまま稽古を行うことになります。

 しかし、逆にちゃんと手入れと修理をすれば末永く使うことが出来ます。
 以下は簡単な剣道具の手入れ方法です。少しの時間の作業で済みますので
ぜひ稽古の後にご自宅で行ってください。防具袋に入れっぱなしが一番良くありません。

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 面の手入れ

 1.稽古の後に、塗れたタオルで顔に直接触れる顎や耳の部分を
   中心に内側を拭きます。(夏場は外側に汗の塩分が固まる場合も
   ありますので、これもきれいに拭いてください)
 2.乾いたタオルで水分をふき取ります。
 3.ユーカリオイルを水で薄めたものや、無臭かつ安全で殺菌作用の
   ある薬品を内側にスプレーします。面金にかかったら直ちに拭いてください。
   (ファブリーズなどふつうの消臭剤はおすすめしません。)
 4.陰干しにします。(直射日光厳禁)

 籠手の手入れ

 1.稽古の後に、塗れたタオルで内側全部を拭きます。
 2.乾いたタオルで水分をふき取ります。
 3.殺菌作用のあるものなど、専用のものや自然の成分の物をスプレーします。
 4.手の形を整えて、陰干しにします。(直射日光厳禁)

 垂の手入れ

 破損を確認し垂の紐を平らに伸ばして全体にブラシをかけます。
 汗をかいてしめっていれば陰干しにします。

 胴の手入れ

 1.紐や破損を調べ、胸の部分に軽くブラシをかけてください。
 2.乾燥でひび割れなど起こしそうな場合は、革専用のオイルなどを
   少量布などにつけて軽く塗ってください。

 剣道着の手入れ

 汗をかいたらちゃんと洗ってください。
 稽古着は着け洗いでもいいです。最低、ぬるま湯で濯いで
 脱水するだけでいいです。裏返して陰干しでお願いします。

 袴の手入れ

 毎回陰干しをします。洗うときは畳んで洗濯ネットに入れて
 洗ってください。その時背板を内側に折こんでおくといいですよ。

第57回 修行の山

 人間は向上しよう、上を目指そうと必死になっている時は上を見ています。
時には周りが見えないくらいがむしゃらになってしまう事もあります。それは
決して悪い事ではないと思います。

 たとえば自分の目指す道を山頂への道に例えると、若い時はがむしゃらに
気合で登らなければならない、厳しい峰もあります。道を見失って、体力を
使い果たして下山してしまう人も大勢もいます。時には残念ながら、途中で
命を落としてしまう人もいます。

 さて、それでは仮に自分の目指す山頂へ着いたとしましょう。しかし、その
時に何が見えると思いますか。
そこには今まで自分が登ってきた道が見えるはずです。

 曲がりくねった道を苦労して上がってきたのか、一直線に勢い良く上がって
きたのか、ゆっくりと楽しみながら上がってきたのか。
人と助け合いながら登ってきたのか、人を蹴落としながら登ってきたのか。
自分のゴミをきれいにしながら登ってきたのか、周りを気にせず、汚し散らか
しながら登ってきたのか。

 そして、その登った山はいつか下りる時が来ます。ごく稀に、幸か不幸か、
頂上で亡くなる人もいます。でも、ほとんどの人は、山を降ります。しかも、
どんなに急いで気合で一直線に登ってきた急な道でも、決して同じスピードで
下りる事はできません。誰もが皆、ゆっくりと歩いて下りるのです。

 その、降りる時にこそ、今度は今まで見えなかった、それまでの自分に直面
するのでは無いでしょうか。
苦労して登った道は、降りる時は楽しく下りられるでしょう。景色を楽しみ
ながらゆっくり登ってきた人は、今度は違う道から違う風景を楽しみたくなる
でしょう。

 そして...ゴミをまき散らかしながら自分勝手に登ってきた人は、自分で
汚した、その道の汚さに驚くでしょう。下から登ってくる次の人たちが、
それを罵る声を聞くでしょう。
 あなたが蹴落としてきた人が、今度はあなたとすれ違いながら罵るかもしれ
ません。その相手に、今度は深い谷間に蹴り落とされるかもしれません。

また、もしかしたら他の人たちは、既にあなたの事など全く相手にしていない
かもしれません。

「だいじょうぶですか」「お先に」
 助け合って励ましあって登ってきた人は、今度新しく道を登っていく、すれ
違う人たちに
「ごくろうさま」「ありがとう」
と声をかけられるでしょう。

 これが修行の山、人生の山です。高い山、低い山、色々な山があります。
いつ、どんな山を選んでもかまわないと思います。低い山は皆で楽しく登れる
でしょうし、命を懸けて登っても成し得ないかもしれない高い山の頂上は、
誰も見た事の無いすばらしい絶景でしょう。

 一生のうちにいくつもの山に挑戦する人もいますし、高い山を制覇して、
もう一度他の山に挑戦する人もいます。同時に二つの山を制覇しようとする人
もいます。

 私が今登っている「剣道の山」は、低い山から高い山までが連なる山です。
 子供の頃に登った低い山もあります。次に挑むのは高く険しい山です。
厳しく長い道です。登りきったと思ったら、また次の峰があります。頂上など
あるかどうかもわかりません。ただ、遥か彼方にまぶしい光が見えるだけです。

 しかし、仲間と競い合い、励まし助け合い、先達の道を一歩一歩をたどって、
叱咤激励され、その時々、峠の途中でふっと見える景色のすばらしさや、汗を
かいて疲れた時に時々吹いてくるさわやかな風がたまらなく素晴らしいと
感じるのです。

第56回 真摯な心で

 先日、パースに仕事でいらしていた剣道7段の先生が桜剣道クラブの
稽古に参加して下さいました。まだ40代後半でいらっしゃいますが、
7段に受かったのは30代後半だそうですからずっと剣道をやってきて、
ほぼ順当に審査に合格して行くと、この年齢になります。と、一言で
言うのはたやすいですが、並大抵のことではありません。

 とても良い稽古を頂きました。人柄も飾るところがなく、気さくながら
いつも丁寧で、とてもすばらしい先生でした。

 稽古の終わりに先生は子供たちに、自分がもう40年間剣道を続けて
いること、そして先生方の教えを聞いて心と技がまっすぐに「正しい剣道」
を長く続けていけば必ず立派な剣士になるというお言葉を頂きました。

 この先生は普段は高校生に指導をしており、小さい子供たちを指導
されることはあまり無いとおっしゃられていましたが、子供たちと稽古を
しているうちにとても楽しくなってきたとおっしゃっていました。道場の
子供たちが懸命に、純粋な気持ちで掛かって行くのが、とてもうれしく
楽しかったようです。

 また先生も威張ることもなく、手を抜くことも無く、真剣に子供たちや
私たち指導陣とも稽古をつけて下さいました。いつも全員に丁寧に接して
くださいました。

 真摯な気持ちは、真剣に剣道を楽しみたい人の心を打ちます。まっすぐな
気持ちで同じこの道を歩いている人を導き合います。それが剣道の縁なの
ではないでしょうか。

 剣を通じて得たみなさんとの出会いに、心から感謝をします。

 ところで、よく言われる「正しい剣道」とはどんな事なんでしょうか。
 剣道は競技としての側面と、精神修養としての側面があります。これは
一体でありながら同時に矛盾するもので、非常に難しいところだと思います。

 競技が駄目だとはまったく思いません。お姫様のダンスやただの瞑想
じゃないんですから競技において勝つ事は大切ですし、目標に向けて努力を
することはもっと大事だと思います。
 負けるために試合をする人はいません。やられる為に技術を練習するの
ではありません。もっとはっきり言えば、剣の技術そのものの到達点は
「防御」ではなく「制圧」です。相手を制する事です。これはどんな武道
でも同じだといえます。

 ただし、勝つことだけが目的となってしまうと、今度は技の質が変わって
しまうことがあります。 相手の隙を伺ったり、、強引に仕掛けたり、
フェイントをかけて目標に竹刀を素早く当てる、というのなら、まだ私は
納得ができます。勝ちにこだわるのも、ある程度のレベルまでは必要だから
です。しかし、これが次第に「負けたくない」「打たれたくない」に変わって
いくところに問題の根本があります。

 稽古でも最初から徹底的に防御だけを行ったり、体の打突部位を手で
隠しながら打ったり横から回り込んで打ってみたり....。
「お前は普段の稽古でも、そこまでして打たれたくないのか」
とあきれてしまう相手に当たることもあります。
 いくら強くても
「自分は打たれたくない。でも相手は打ちたい」
という稽古は、私にとっては
「つらい思いはしたくないけど勝ちたい」=「一銭も他人にやらずに、
自分だけ金持ちになりたい」というのと同じ人種に見えるのです。

 じゃあ、何を考えて打てばいいんだ。そう、考えなければいいんです。
例えば、先生や上の段位の人にお願いする時。相手の方が上手なんですから、
最初から打たれて当然、負けて当然なんです。それをカッコよく上手に
勝とうなんて思うのが間違いで、打たれても、技を返されてももいいから、
一本一本全身全霊で掛かりたい。この一本が自分の全てだと思って、この
一本が確実に相手を制圧するという気持ちで打つ。 そういう時は、
よけることなんか考えてませんから、自然と相手に対して、正面からの
まっすぐな打突の技がでる。何も飾らない、まっすぐな心の技です。

 皆、ある程度のレベルになれば、あとは何段になっても、こういう
一本が出せるように、稽古をしています。こういう稽古をしていなければ、
7段、8段になることは到底できないと言われています。何段でも、
その時の自分のベストを尽くすことです。

 また、そういう気持ちで稽古ができると、本当に後悔しないんです。
打たれたくないと思って相手に打たれたら後悔します。でも、
「相打ちでもいいから、せめて、この一太刀を」
と思って稽古すれば、まあ、やられれば悔しいですけど、それで悔いは
ないのではないでしょうか。 
 また、その負けが素直に自分への反省につながり、きっと次への
一本につながるはずです。

 そういう気持ちの相手同士であれば、きっと剣を通じてお互いに分かり
合えるはずです。これが「正しい剣道」の根本的な精神なのではない
でしょうか。まさに「真摯な気持ち」なのです。