第49回 へっぴり腰

 腰が入っているという表現があります。

 物を持つと、体全体の重心のバランスが崩れます。
その時は体の重心をうまく調節して、
最小限の力で効率的に物を持ち上げるように、
体を使う必要があります。

 腰が引けているとうまくバランスがとれずに、無駄な力を使うため
体のコントロールがむずかしくなります。

 この腰が引けている状態がいわゆる「へっぴり腰」です。
放屁する時のように見える腰つきということです。
(しかし、オナラする時にこのポーズを取る事は、
普段の生活で見る事はあまりありませんが。)

 例えば、時代劇などを見ていると
強い人の侍役と弱い人の侍役では
その役柄を強調するために
殺陣(たて)の動きに大きな違いを出しています。

 弱い侍役の場合は、まず視線が定まっていなかったり
反対に目の前の相手の刀だけを見ていたりといった感じです。
(剣道用語では「目付けが定まっていない」という言い方をします。)

 そして、刀を抜いて構えた時点で、まず腰が引けています。
そう、「へっぴり腰」です。
斬られるのが怖いので体は前に出ず、
腕だけで力をこめて刀を振りまわし、
敵をよく見ずに足もばたばたと走り回ります。

 一方、強いお侍さんは敵全体を見ています。
そして、すぐには自分からは斬り掛かりません。。
まずは相手に向かって行き、
プレッシャーをかけて、先に相手に掛からせて斬るか、
動きが止まったところを斬ります。

 忍者役であれば飛んだり跳ねたりもしますが、
強い侍役であれば、常に腰もすわり
体が上下する事はありません。

 これは言うのは簡単ですが、相当の練習が必要です。
あまり殺陣の経験のない役者さんは
どんなに二枚目で演技がうまくとも、刀を持つと
「これが本当に剣の達人なの?」
ということになってしまいます。

 そこで、時代劇に出演する役者さんは
いつも竹光(時代劇で使うつくりものの刀)
で時間のある限り練習をしているそうです。
やはり役者さんも大変です。

 そして、当然これは剣道でも同じことで
実際に初心者が始めて稽古をする時や
実力の違う人と稽古するときは
打たれたくない、けれども打ちたい、ということで、
体は下がりながら、手だけで竹刀を振り回す
へっぴり腰になってしまいがちなのです。
是非とも気をつけなければなりません。

 ところで、殺陣というのは、つまりは刀での戦うシーンの
刀の振り付けの事です。
これは専門の殺陣師という職業の先生方がいて
日本刀での戦い方を専門に指導しています。

 時代劇の、チャンチャンバラバラと
派手に刀を打ち合わせる立ち回りは
元々は歌舞伎や舞台などの立ち回りから始ったもので、
いかに舞台で派手に見せるかの演出です。

 しかし、TVや映画がメジャーになると
もっとリアル感のある殺陣が求められるようになりました。
そして、役者さんも強く優しく正しい正義の味方ばかりでなく
恐ろしく強くてダーティーなヒーローや、ニヒルなヒーロー、
世間を捨てたようなヒーロー像を演じるようになりました。。
近衛十四郎、市川雷蔵、栗塚旭、三船敏郎、仲代達也
そして、その陰でひたすら斬られる人、知る人ぞ知る福本清三....
時代劇はやっぱりイイです。今も昔も。

この話題になるとキリがないので、
それは、またいつかのお話で。

第48回 加齢

 先日、私が普段からとてもお世話になっている先生が
日本の高齢者の剣道大会の全国大会において
55歳から65歳の部で優勝しました。
本当にうれしい限りです。日本一ですからね。

 この年齢で7回戦も勝ち抜いてくることもそうですが、
7回戦を戦い抜けるだけの体力があることが、まず驚きです。

 猛反省です。まだまだ歳だなんて言っていられません。

 剣道そのものでは、遥か雲の上の先生ですから
技術は比べることすら出来ませんが
そのまえに、まずは年齢を言い訳にしない様に
心がけなければなりませんね。
歳をとると試合も敬遠しがちになりますが
先生方の挑戦する心は大いに見習いたいと思います。

 ちなみに、この大会で更に恐ろしいのは
85歳以上の部が存在することです。

 85歳で剣道の試合って、自分かその歳まで
生きているかどうかすらまずわからないのに
防具をつけて剣道が出来る事自体が見事です。

 剣道は年齢は全く関係ないというのは、少しオーバーだと思います。
20代と50代、同じレベルの人がヨーイ、ドンで打ったら、
大抵の場合は若い人の方が速いです。

 研究によると、継続的に運動をしてきた人の
筋の単位断面積あたりの筋力は
20代でも70代でも差がないと言われています。

 しかし、加齢にしたがって、筋肉の筋繊維の萎縮や崩壊が始まります。
それは筋肉の量が少なくなることを意味します。
50代まではトレーニングなどで現状をやや維持できますが、
60代以降は急激に筋肉量の減少が進みます。
大雑把に言えば、これが原因で素早い動きができなくなる訳です。
(専門家の方、詳しいご説明お願いします。)

 また、反射神経が鈍るのと柔軟性が減って行くこと、
間接などは長期間過度に使用すると、軟骨が磨り減ることなどは
年齢を重ねれば仕方がない事だそうです。

 40代以降の場合は、筋繊維の修復に時間がかかるようになるので
強度に高い負荷のかかるトレーニングをする場合は
その間に筋肉が回復する時間を作ることが大切です。

 さて、剣道は速い動きができるに越した事はありませんが、
決してそれだけで勝負が決まるわけではないので
歳を取っても剣道を続けることができるのは、その為です。

 それは、年齢による反射神経や持久力の衰えを補う以上の
経験と技術を身に着けることができるからだと思います。

 小生はまだまだ未熟者なので、
時々若い相手に負けると、自分も疑問が生じます。
「今まで行ってきた稽古は間違いだったんだろうか」
「何十年も稽古してきたのに、こんな経験の浅い相手に勝てないのか」

 しかし、それを乗り越えて、怪我をしないように注意しながら
とにかく一所懸命に、地道に稽古を積んでいく事、
強い心、理想と信念をもって稽古に望む事。

 今日の一振りが明日の一本につながると信じて
稽古に励みたいと思います。

-前回の記事から-


 QLD州に在住の、剣友のT村さんから、こんなメールをいただきましたので
ご紹介します。

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 福本さんの少年時代がうかがえました。お父さんが先生じゃ逃げられませんね。
でも大変微笑ましい光景です。私の当時の思い出を紹介しましょう。

 私は小学2年の時から、毎週土曜日の夜の稽古が日課でした。
土曜といえば当時の子供にとっては、TVゴールデンタイム。
なんといっても仮面ライダーは我々のヒーローでしたから、
当時の少年にとって話題はそれで持ちきり。
剣道クラブに通う事は、私にとっての1大決心。
親が稽古前に作ってくれる’焼き芋’でつられて稽古に行く羽目に。

 当時はビデオが無いので、月曜の学校では仮面ライダーの話題で持ちきり。
当然ながら私はついていけず、親にテレビマガジンという雑誌
(当時のTVヒーローを中心とした写真つき雑誌)
をせがんだものです。ライダースナック(ブロマイドカード付)も
せがんで買ってもらいました。もうこうなると取引の世界ですね。

 こんな私のわがままな取引に付き合ってくれた母に感謝しています。
御蔭で一生続けられる物に出会え、また、ずっとお付き合いできる
剣友との出会いが国境をこえて広がるこんな素晴らしいことはあ
りません。

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やっぱり、皆おんなじなんですね。

第47回 親ばか

 自分の子供が剣道に限らず、一生懸命に何かに取り組んでいる姿を見るのは
親として大変うれしいものです。

 転んでも叩かれてもつらくても、先生に向かって一心に打ち込んでいる姿を見ると
親バカと言われようが、思わず家に帰る途中でアイスクリームの一つも買ってやりたくなります。

 子供を食べ物で釣る...いい事だと思います。

 確かに、ご褒美を与え続けるのがいい事ではないかもしれません。
しかし、たかだかアイスクリーム一つで、
これから稽古に取り組んでいく心構えがと
体力を身に着けることができるなら安いもんです。

 実は私も小さい頃は、剣道にはあまり熱心ではありませんでした。

 幼い頃は、私の先生でもあった父親と自宅の庭で
竹刀でチャンバラごっこをしていたくらいでした。
私の住んでいた市の剣道クラブはとても遠いところにあり
小学校の低学年の生徒が、歩きや自転車で
一人で通える距離ではありませんでした。

 ところが、小学生4年生もまもなく終わろうとしていた
ある日のこと、学区の違う隣の市のある町のスポーツ少年団の剣道クラブが、
なんと自宅から歩いて15分の距離にあるのを親が発見したのでした。
「剣道のクラブがあるぞ、見に行ってみるか?」
「う、うん...。」
という軽い会話の末、気がついたらそこに通うことになっておりました。

 しかも、最初は内緒にしていたのに何かのきっかけで父親も剣道を
していることがバレて、すでに他の町道場で師範をしており、仕事で
相当忙しかったはずの父も、結局は一緒にそこのクラブで稽古をさせて
頂く事に成り、初代の部長でいらした偉い先生のお声がかりのお陰で
地域の色々な出稽古にも参加させていただくようにもなりました。
(最終的には部長になってしまいましたが。)

 こうして、どちらかと言うと家で本を読んだり、平和に絵を描いている方が
好きだった私は、普段は自転車で、そして休みの日は父に連れられて剣道の
稽古に通うようになったのです。

 しかし、当然ながら行きたくない日もあります。
「お父さん...お腹が痛い。」
と父に訴えると、父は普通にすまして
「ああ、大丈夫だ。行けば治るから。」
と、結局は稽古につれて行かれ、また母に
「お母さん、今日は疲れたから剣道に行きたくない」
と言うと
「そう。じゃあ、お母さんと一緒に自転車でお散歩に行こうか」
と、母親がなぜか剣道の防具を自転車の後ろに積んでの
道場までのお散歩に連れ出され、
最終的には初心者の頃の一年間は、上手にだまされながら
稽古に参加していたものでした。

 週三回の稽古のうちで父が参加する時は、
結局は父が他の先生方と稽古するのを、
子供の稽古が終わった後で待つ事になり、
大人の稽古が終わるのを待っていると、他の先生方から
「ただ待っているだけなら面をつけろ」
とお声がかかるので、また訳もわからず再び面をつけ
手の空いた先生方に手招きされるままに
大人に混じって打ち込み掛かりを稽古をしました。

 そんなこんなで、夕方早くから始まる稽古も、
結局帰宅するのは夜の8時過ぎでした。
家に帰ってきて自分の防具をかたずけて風呂に入ると、
食事するのは既に8時半過ぎになっている訳で、
当時は子供としては遅い食事です。

 で、親はそんな私を気遣って、剣道の稽古から帰ってきた
夕食の時には、必ずヤクルトが添えられていました。
「稽古、頑張ったねえ」
母親はいつも褒めてくれました。
稽古の後は父は機嫌が良く、ニコニコしながら飲むビールが
すぐに日本酒や焼酎に変わりました。

 さて、そんな微笑ましい時間ですらも、
予期せずして争いの火種になります。
「あーっ、またお兄ちゃんだけヤクルトもらってズルーイ!」
先に夕飯を食べ終わった妹が、食卓のヤクルトを見つけて
鼻の穴を広げて激怒しています。

「だってお兄ちゃんは剣道に行ってきたじゃない」
「えー、ずるいずるいずるいー!!!!」
「コラッ、わがまま言うんじゃない」
「ウェーン!みんなのバカーッ!」

 こうしたドラマが毎週予定調和のごとく繰り返されながら
いつしか私はヤクルトが無くても、自分から稽古に行くようになったのでした。

 だから、最初は食べ物で釣られても、子供の頃に稽古を継続して
続けられたのは大変に有難い事だと感じ、今更ながら両親に感謝をしています。

 そして、今の我が家では、ほとんど同じ様なことが繰り返されています。
もっとも、兄弟揃って一緒に稽古に参加しているの我が家の息子たちは
ヤクルトならぬソフトクリームを同じようにご褒美として与えられるので
その事だけは喧嘩にはなりませんが。