第30号 下がるな!

 今週は下がるという事についてお話をします。
稽古中に私はよく生徒に「下がるな!」と注意をします。
後ろに下がると言うのは大抵は気持ちが負けているからです。

 ただし、負けていない人もいます。

 自分が一歩攻め入って、相手が出てきたら、
すっと一瞬下がる、そこに相手が
「あ、これなら打てるか?」
もう一歩踏み出そうとした瞬間に打ちかえす。
完全に心の緩んだ攻撃で出ばなへの攻撃です。

 また、逆に何度か引いた後でグッと前に出ておいて
相手がチャンスだと思って大技で来た所を
一歩引きながらさばいて打つ技もあります。

 かつて全日本選手権で前人未到6度の優勝を果たした
神奈川県警の宮崎正裕先生が
見事につかわれていた技です。

 当時の大会では、下がりながらも
見事に相手の剣と技を殺しながら
相手を攻めていました。

 また、数年前の世界選手権において
団体戦決勝での引き分けからの代表戦に
日本チームキャプテンとして
劇的な勝利を収めた栄華直樹先生が、
全日本選手権決勝戦で宮崎先生の7回目の優勝を阻んだのも
自ら攻めて、相手が面を打ちに飛び込んで来た所を
一歩引きながら裁いて打った小手でした。

 しかし、どんな高い段者の先生でも
稽古では常に前に出る気持ちで稽古をします。
技の稽古では下がって打つ技の稽古もしますが、
心は常に前に進む気持ちを忘れない事です。

 叩かれるのが怖かったら、叩かれても剣先を外さず、
グッと前に出て、あえて叩かれるような強い気持ちで
常に稽古に臨むと、大人になったときに
きっと立派な剣道が出来るようになるはずです。

 大人でも、遥かにレベルが上の先生方に
稽古をお願いするときは、どうしていいか分からずに
下がってしまいそうになることがあります。
相手の気に押される、そんな気持ちです。

「斬り結ぶ白刃の下こそ地獄なれ、踏み込みゆけばあとは極楽」
「斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

 共に昔の達人の言葉です。
勇気を振りしぼって相手の懐に飛び込めば、
必ずチャンスがあるということです。

 だから、構えたらまずは下がらない事です。

第29号 剣先

 剣道用語では「剣先」と書いて
「けんせん」とも「けんさき」とも読みます。
竹刀の先の部分の事ですが、
実はこれ以外の意味も含む事もあります。

 中段では剣先が相手の正面(喉元)
に向いている事が基本です。
(但し、高段者の場合は
その応用で、やや異なる場合もあります。)

 相手が打って出ても
そのまま踏み込めば相手の喉か、
胸部、腹部に刀が刺さり致命傷となります。
自分が命を捨てる覚悟であれば
少なくとも相打ちにはなるのです。

ですから、逆に相手に打ち込むには
相手の剣先が自分の
正中線(せいちゅうせん)から
外れた時ということになります。

 まずは、相手の竹刀を
まっすぐ向けさせないように
同時に自分の竹刀がまっすぐに
相手に向くように構えます。
もし双方共に左手の位置が同じであれば
お互いの竹刀が真っ直ぐになることはありません。

 ところが無理に真っ直ぐにしようとすると
結局は自分の左手の位置を
かえなければなりません。
左手の位置が体の中心からずれると
打撃が効率的に出来なくなります。

 腕の力を使えば無理やりは打てますが、
柔軟さが無くなるので、
スピードが落ちるかインパクトが無くなる、
チョンとつまり触っただけのような打撃になるので
剣道の技術としては評価されません。
「そんな振り方では、本物の刀は振れない」
と言うことになります。

 こうして相手の正中線を取り合い
攻撃の意欲を見せる事を「攻め」と言います。
少しづつしっかりとした攻めが出来るようになり始めるのは
ニ段から三段くらいです。

 自分の剣先が生きている(相手に真っ直ぐ向いている)
相手の剣先を殺す(相手に竹刀の正中線を外させて相手の動きを制している。)
このポジションをお互いに取り合う事が剣道の攻防です。

 高段者になると「気当り」と言って、最初はしばらく竹刀の攻防と
さらにそこから相手に対して
「さあこい、動け。動かぬなら打つぞ、
あわてたら出鼻を打つぞ、来たら返して打つぞ」
という意思表示を、竹刀の小さな動きや
足さばきで行う事が要求されます。

 そして更に上の先生方のレベルに行くと
「何も色(自分の心の動き)を見せない」
そうです。威圧感を与え、相手をじらして
思うとおりの場所に打ち掛からせて討ち取る
ということだそうです。

 ここが剣道の最も難しく、また楽しい所の一つです。
「打って勝つな、勝って打て」と言う教えはまさにこのことです。

「三殺法」と言う言葉があります。
「相手の気を殺し、太刀(竹刀)を殺し、技を殺す」
すなわち、相手より気合で勝ること、
剣先で相手の動きを制すること、
相手の技を封じる(技を出させない、もしくは応じる)ことです。

 しかし、相手の心の変化をとらえて動くということは
相手にも自分の心の変化を察知されやすいのも事実です。

 心を合わせて、つまり合気になって
そこからの勝負が本当に中段の勝負といえます。
本当にそのレベルで勝負するのは
とても難しいです。
しかし、剣道は難しいからこそ、面白いのです。
まさに「日々是挑戦」です。

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第28回 突き

 剣道には主に4つの技があります。
面、小手、胴、突きです。

 ここで、アレ?稽古で子供達は突きの練習をしていないなあ
と思った方もいっしゃると思います。

 そうなんです。突きの練習はしていません。

 なぜかというと、まず、防具をつけないと練習が難しい。
また防具をつけても突きの練習は気をつけないと
防具の空いた部分から間違って竹刀が入ってしまうことが多く
喉のくぼんだ部分は人間の急所なので危険が大きいのが理由です。
(ちなみに、小中学生は試合では突きは禁止されています。)

 ただし、突きも技の一つですし、とても大事な練習なので
皆が防具をつけて、もっと竹刀の基本操作が
出来るようになってから練習をしようと考えています。

 さて、子供達が剣道の稽古で「構え」と言われると、
皆同じく竹刀の先を真っ直ぐ相手に突き出して構えます。
「中段」(ちゅうだん)あるいは
「正眼」(せいがん)と言われる構えです。
(青眼と書く書物もあります。)
これは現在の剣道の元になっている剣術の流派が理由です。
(昔の正眼、は目と目の間、もしくは左目につけるとも言われています。)

 一刀流という流派があります。
伊藤一刀斎が開祖で、後に継いだ弟子たちによって
伊藤派一刀流、小野派一刀流に分かれ
そこからそれぞれ溝口派、中西派、北辰一刀流などに分かれました。

 中でも千葉周作が作った北辰一刀流は江戸時代は最も道場生が多く
坂本竜馬なども学んだ、江戸時代に隆盛を極めた一派でした。

 他にも講武所(旗本や御家人などの幕臣に武芸の稽古をさせる所)
の師範たちの主な流派であった男谷派直心影流も主に中段であり、
また、これらの流派では木刀による形稽古の他に
いち早く防具と竹刀を使った稽古方法を取り入れていたのも
現代剣道の基礎となった理由です。

 そして、一刀流などの形を見ると、突き業を多く使っています。
決め技としてではなくても、最初に突きで攻め込んで
相手が交わそうとして手元を上げた所を打つなどが
応用技の一つとして使われています。

 湾曲する太刀は元来騎馬用の武器として
開発されたものだそうですが
地上戦、特に狭い路地などの多い
市街地の戦いでは斬りつけるよりも突く方が
効率が良かったとも言われています。
また、多少腕が劣っても、相打ち覚悟で突きかかれば、
下手に振り回すより効果はあったそうです。

 そもそも、中段は攻めと防御一体の構えです。
突かずとも、自分に向かって刀が向いていたら
相当な威圧感があります。
何もしなくても、真っ直ぐ進めば刺さるのですから。

 まずは、気持ちと体をまっすぐ構えて
相手を突く気持ちで相手の手元に真っ直ぐ入る事。

 その為には、まず左手が中心から動かない事。
左手が丹田の中心でなければ
相手に真っ直ぐ向かっていくことは出来ません。

 左手は自分の心です。
怖くてよけようと思えば左手が動きます。
あわてて相手を打とうと思えば左手が動きます。
だから左手、つまり自分の心を動かさない事。

 怖くて勇気が要りますが、剣道では
これが相手に打ち勝つ為の大切な事だと思います。

 突く技術よりも、突くつもりで
真っ直ぐ相手に向かう気持ちを
まず子供達に学んで欲しいと思います。

第27回 百錬自得

 さて、先日紹介した熟語の中で
「百錬自得」の話をしました。
何度も練習して自分でコツをつかめということでした。
日常生活でもこれに似ている事はたくさんあります。

 まずは、何事も理論なしではできません。
理論が分かれば応用が利くのです。

 ですから、最初はこの基本動作で理論をしっかり理解して
練習を行い、それが出来るようになったら
こんどはそれを徹底反復して行ない、体に覚えさせます。
そうしたら応用で、その技をあらゆる状況でも使えるように
色々なパターンで相手を変えて練習しなければなりません。

 基本を身につけるのは、習い事の第一関門です。
基本が出来ていない人は、応用に移ると大抵フォームが崩れます。
技術を学ぶ前に、体の使い方が出来ていないということです。
また、本人が基本に忠実だと思っていても
全く違うことをしている場合もあります。

 さて、基本はしっかり身に着けなければならないのは
大抵の人は分かります。しかし、この後が問題です。
それは、たくさんの人が基本を忠実におこなってさえいれば
それで上手になると勘違いしてしまうことです。

 同じ事を考えずに繰り返していれば
その動作は身につきます。
 しかし、その動作をいつ行うのか
どうやって行うのかというのは
考えて、稽古して、失敗して、また考えて
という繰り返しでなければなりません。

 剣豪・宮本武蔵は「五輪書」の中で
兵法や剣の扱い様に関して
自分の戦いで得た実用的な知識を説明していますが
そのほとんどの説明が

「能々吟味有べし(よく研究するように)」
「能々鍛錬すべし(よく練習するように)」 
「能々工夫せよ(よく考え工夫するように)」

という言葉で終わっています。
結局は
「これは参考なので、後は自分で研究や練習をしろ」
という事なのです。

 これこそが稽古だと思います。
稽古というのは「古(いにしえ)をかんがえる」
ということです。

 昔の人は、そして先生方は
一体どうやって技を身に着けたのだろう。
こんな時、先生はどうやっているんだろう。
他の人たちはどうしているんだろう。
自ら求めえ考える稽古無くして、
技術は身につきません。

 苦しくともそれを繰り返し、進んで行くうちに
自ら技を身につけ、やがて自ら道を知る。

 「百錬自得」
当クラブのモットーです。

第26回  武家の習慣

 あけましておめでとうございます。
また一年が瞬く間に過ぎ、
子供達の一段と成長した姿を見るのは
親としても教師としても、
とてもうれしいことです。

 また、いつも大変多くの
皆様が支えて下さる事に
心から感謝しています。
先年に引き続き、本年も宜しくお願い申し上げます。

 さて、日本では多くの古い習慣がありますが
元は武家の習慣から来たものも少なくありません。

 お節の節は「節句」から来ています。
節という行事が中国から宮中へと伝えられ
その節会で作る神様へのお供えの一つでした。
また竈の神様を騒がせない様に
正月は煮炊きをしないので
食事の作り置きをしたのが始まり
とも言われております。

 しかし、現在の豪華なお節料理の形は
武家のしきたりが中心になっていると言われています。
子宝に恵まれて、お家を反映させ
また出世する事を一番願ったのは
平和な時代の武士階級です。

 そして、それが江戸時代後期になると
武家の習慣を裕福な商人がまねするようになり
次第に庶民の物になりました。

 慶事には「鯛の尾頭付き」を食べますね。
元は神様へのお供えなので、
当然一匹まるごとなのです。

 しかし、武家にとっては
切り身(斬り身)や頭がない(斬首)のを避けるという
縁起担ぎの方が大事だったようです。
もっとも、多くの侍の台所事情は厳しくて
正月でも鯛の尾頭付きが買えなかったことは
珍しいことではなかったそうですが。

 また、関東地方に多いと言われる
竹を斜にめ切った門松は
戦国時代に徳川家康が
宿敵の武田家を倒すことを願って
飾ったのが最初と言われています。
家康の元のお家は「松平」ですから
「松(平)で囲んで竹(武田)を斬る」
からだそうです。

 他にも、端午の節句などは元々中国の儀式が
日本に伝えられた後で、
武家好みの慶事に変えられました。

 元は香りで邪気を祓う為に使われた菖蒲も
葉が剣の形に似ているという事と
同じ音で武に励むという意味の
「尚武」や「勝負」という言葉にかけられて
武家が好む習慣となりました。
しかも、兜飾りなどと言うのは
元は武家だけの習慣です。

 そして、このような祝い事以外でも、
元は武家の常識や忌みごとであった習慣で
今でも知られずに伝えれれているものがあります。

「畳の縁は踏むべからず」という
昔からの教えがあります。
なぜかお分かりですか。

 昔の暗殺方法のひとつとして
畳の縁に毒を塗った刃や針を
隠しておく方法がありました。

 ですから「危ないので畳の縁は踏むな」
ということなのです。

現在では、畳の縁に
毒針や刃物を仕込まれる事はありません。
しかし、今でもこのように
習慣だけが一人歩きをして
いまでも伝えられております。

新年早々、大分物騒な話になったので
今回はこれにて。