第13回 背筋を伸ばして

 どんなにお歳を召されても、長年正しく修行されている
先生方の後姿は、実に凛として美しいものです。
剣道ではその人の実力は、立って構えた背中に出ると言われます。
それは立ち姿の力みの無いバランスの良さであると考えます

 剣道の稽古では、礼や正座の時以外、
実際に竹刀で打ち合う時にも
「姿勢を正しくしなさい」
という指導の言葉を良く聞きます。
他のスポーツでは意外と聞かれないアドバイスです。

 正しい姿勢は剣道でもっとも大切なものの一つです。
もし竹刀が相手の面に当たったとしても、
姿勢が崩れていると一本になりません。
姿勢が崩れているということは、体軸がずれていて
効率的に刀に運動の力を加えられていない
つまり「斬れていない」という理由です。

 さて、正しい姿勢とは腰を持ち上げて胸を張った
軍隊の直立不動のような姿勢ではありません。
例えると、頭の上から糸で吊るされているような
肩の力を抜いて、首の後ろを伸ばした姿勢なのです。
不自然に胸を張りすぎたり、腰を入れすぎたりするのは
必要の無い筋肉を緊張させて動きを鈍らせるだけです。

 日本舞踊やバレエ、社交ダンスなどを見れば
お分かりになると思いますが
一流のダンサーはどんなに動いても肩の位置が低く
いわゆる「肩の力が抜けている」という状態です。

 この肩の位置を自然に作るには、まず首の後ろを上に
すっと伸ばさなければ出来ないのです。
「いやいや、首を前にだらっと垂らしても
肩の力は抜けるし、かえって速く動けますよ」
と言う方もいらっしゃると思います。
実際に他の格闘技では、状況によってこのような
体の使い方の方が効率的に動ける事もあると思います。

 しかし、剣道の場合は、すばやく前に動くと同時に
「竹刀を振る」という動作が必要なため
肩を小さく回転運動させる必要があります。
また、竹刀の遠心力に体が引っ張られてバランスを崩さない様
体軸を正しく体を支える必要があります。

 剣道は相手の動きを待って反応して
打ち合うだけの競技ではありませんが、
まずは、効率的にすばやく動くための
体の使い方の練習もする必要があります。

 その為に、力まずに正しいバランスを保つ
良い姿勢をとる訓練を、正座する時や、構えるだけの時、
そして日常生活の立ち振る舞いでも
意識せずに出来る様に訓練しているのです。

 また、美しく着物を着る為のコツは
実は、本当はこの辺にもあるのですが、
それはまた他の機会に。

第12回 師の背中

 剣道は日本の伝統を大事にしていますが、
ただし江戸時代の師弟関係とは違って、
今では多くの先生方と出会い、教えを受け、
お世話になることがあります。

 先日、私がいつも大変お世話になっている先生が
お忙しい中、パースにいらしてくださいました。
西オーストラリア州全体の稽古指導はもちろんの事、
州の指導部は上の人にゆっくり稽古をお願いする機会が
あまりないだろうからということで
今回は5、6、7段取得に向けた特別稽古を
選抜メンバー向けにして頂きました。

 たった数日間でしたが、本当に実のある稽古でした。
また、毎日稽古の後は会食などで遅くまでお付き合い頂いたのに
その中で気がついたことや、高段者を目指す稽古の心がけなどを
わざわざメモにまとめて残して行って下さいました。

 この先生は、私が子供の頃から剣道を教わった先生ではありません。
お付き合いさせていただくようになってからまだ8年あまりです。
しかし、お付き合いさせていただく中で多くの事を学びました。
剣道だけではなく、それ以外にも人間としてどうあるべきか
ということを身をもって示して頂きました。

 先生は私に「仲間だと思ってお付き合いさせていただいてますから」
とおっしゃいますが、私にとっては本人がどう言おうと先生です。
それはこの先生が「今は何段でこんな経歴があるから」とか
「警察官で専門家の先生だから」とか「剣道が強いから」とか
そんな理由で先生と呼ぶのではありません。

 それは、この先生の剣を通して人と通じ合う
その考え方や姿勢を尊敬するからです。
私達はこの先生から本当に色々な面で
「こんなにまで…」と言うくらい助けて頂いています。
だから、先生から何かをお願いされたら
自分の出来る限り以上のことをしたいと思っています。
「お返し」ではなく「自分の感謝の気持ち」です。
これこそが「礼」の心だと思います。

 人間の本当の姿は背中に出ると思います。
本人が見えずに気にしていないところだからです。
先生の前の姿が剣を構えた姿であれば
先生の後姿は人としての心構えを示していらっしゃいます。
そして、こういう先生の背中を見て
私たちは修行をしてゆきたいと思っています。

第11回 見るのも稽古

 江戸時代に浅利又七郎(あさりまたしちろう)という
大変有名な剣術家がおりました。
有名な北辰一刀流の開祖、千葉周作(ちばしゅうさく)が
若い頃に弟子入りをした人です。

 この人は元々は町人で、しがないアサリ売りでしたが、
有名な剣術家となった後も、アサリ売りであった事を忘れて
天狗にならないよう戒めるために、苗字を「浅利」にしたといいます。

 さて、なぜアサリ売りが剣術かになったかというと
元々、なぜか剣術の稽古を見るのが大好きで、
できるだけアサリを早く売っては、近くの大きな剣術道場の
床板近くの風通し窓から、こっそり稽古をのぞき見るのが日課になっていました。
(昔は剣術の稽古を一般の人に見せることはなかったのです。)

 そして、毎日のぞき見ているうちに、立ち会う剣士達の駆け引きや動作などで、
その人がどれくらいの実力で、どうやって勝つか次第にわかり始め、
それが面白くて、ますます稽古ののぞき見に夢中になりました。

 ところが、この江戸屈指の大道場の主、
小野派一刀流中西派3代目宗家である中西忠太は、
このアサリ売りのことに気がついていて、
又七郎が稽古をのぞき続けて3年たったある日、
声をかけて道場に上げ、竹刀を握らせて門人と立ち会わせたところ、
生まれて初めての立ち合いで、相手に見事に打ち込む事が出来たので、
身分が低いながらも弟子入りを許されたそうです。

 そして、厳しい修行の末に免許皆伝の認可を貰い、
いくつもの藩の剣術指南役として名字帯刀を許され
後に自分の流派を興して大道場を開いた
という嘘か本当か分からない様なエピソードがあります。

 「見取り稽古」と言う言葉があります。
先生や他の生徒の稽古を見るということです。
昔は手取り足取り教えてもらう習い事はなく、
とにかく見て覚えろ、あとは体で覚えろ
といった非効率的に聞こえる指導法がほとんどでした。
武術だけではなく、おそらく当時のほとんどの
芸事や職人の世界も同じであったと思います。

 しかし、これが本当に非効率的かというと、
決してそんなことはありません。
先生の稽古を見るというのは、正しいお手本を見るということです。
そして、「学ぶ」と言う言葉の語源である「まねぶ」という言葉どおり
今度は、これを自分がまねして動作や駆け引きを覚えるのです。
これこそ、今のようにビデオやDVDが無かった時代の
イメージトレーニングのひとつなのです。

 だから、しっかりと他の人の稽古を見ることも、
大切な自分の稽古のひとつであるということを
子供たちに理解して欲しいと思っています。