第213号「八相の構え」

 今回は木刀を使った剣道形の中の「八相(はっそう)」という構えについて書きます。この構えは刀を右肩に担ぐように持つ構え方で、前から見た構えた時の腕の形が、漢字の八の字のようになっているので、八双とも書かれるそうです。

 戦国時代の以前の刀は馬上の鎧武者が使う為の、重くて長い太刀が主に使われていました。兜を着けていれば刀を振りかぶる事ができません。そこで、自然と馬上では刀を片手で肩に担ぎ、地上では両手で刀を持ったままどちらかの肩に刀を担ぐような構えをとりました。これが後に「八相」と呼ばれる構えになったと言われています。

 しかし、現代の竹刀での剣道の稽古の中で、この構えを使う人はまず見ることがありません。現代の剣道において、基本として教わるのは「中段」という構えです。江戸では一刀流の流れを組む道場が多数派でありましたので、その流れで現代に至るまで、基本の構えは中段です。中段は、別名「せいがん」の構えと呼ばれます。今の「せいがん」は正眼で、切っ先の延長が相手の喉の高さになるように、正面に向けて刀を持つ構えですが、星眼(剣先を顔の中心につける)、晴眼(剣先を相手の目と目の間につける)、青眼(晴眼で切っ先のみ右目につける)という「せいがん」の構えもあります。

 江戸時代、市中や狭い路地で戦う際には、刀を振り回すより突く方が有利であった事、攻撃と防御のバランスが良い事が理由でこの構えが主流になったと言われています。


 では、なぜ現代剣道ではこの構えを使わないかといいますと、次のような理由が挙げられます。

1. 現代の剣道では、中段の構えからまっすぐ飛び込んで行って、素早く相手を打ちます。ですから足が両方前をまっすぐ向いている方が有利です。しかし、八相は足を逆八の字に開きますから、大きい歩幅での素早い前進後退が難しいのです。

2. この構えで有効な技が、相手を首の付け根から袈裟(斜め下)に斬る事です。しかし、現代の剣道では、安全上の理由から相手の首と肩の付け根を狙う事はありません。

 つまり、この構えで戦う事は禁止ではありませんが、今の竹刀を使った競技としての剣道のルールでは、この構えは不利になってしまうのです。ですから、単に皆やらないだけの話です。

 しかし、かつての剣術の色々な流派によっては、逆にその足の開き方でなければならないという流派もあります。左右に体を開きながら刀を使う技がある古い流派がそうです。竹刀ではなく、刀同士の立ち合い、甲冑での戦いで生きる技です。

 ですから、剣道形の中で、現代剣道では使われない、八相、脇構え、下段と言った構えや、小太刀の構えを使った技術をもって稽古するのは、剣道は単なる競技ではなく、刀を使う事を前提とした技術であるという、文化的な側面と理解を深める為なのです。

第186号 「木刀稽古」

 剣道の稽古では、竹刀の他に木刀も使います。木刀での稽古に、
日本剣道形という稽古法があります。大正元年に制定された
「大日本帝国剣道形」が、ほぼそのまま全日本剣道連盟が
日本剣道形として、昇段審査の項目に加えられています。

 また、2003年には「木刀による剣道基本稽古法」という
新しい剣道形が制定されました。日本では、小中学生などの
受審者が多い一級の審査の実技に入っています。

 この二つの稽古法の主旨を簡単に言えば、
一つは「剣道は刀法である」という観念を学ぶ機会を与え、
正しい文化の伝承をすること。もう一つは相手に対して
刀法に則った正しい体の使い方が出来るようになることです。

 木刀による稽古が近年奨励されるようになった理由は、
剣道普及の中で竹刀での競技の比重が大きくなり、
そこで相手より先に竹刀を当てよう、当てられないようにしよう、
という事にこだわりすぎると、それは競技ありきの剣道になってしまい、
本来の剣道とは全く異質のものになってしまう可能性があるからです。

 また、そこには学校教育という「きっかけ」があります。
大日本剣道形の制定も、剣道が体育の授業の一環として
取り入れられる事になった直後から制定に向けての
調査研究が始まりました。

 まだ、元は侍として刀を差していた人々がたくさん生きていた時代です。
そして現代は、武道を学校教育の一環として行う為に、
剣道の意義を再考する時代になったのです。

 刃があるかどうかということは、剣道にとっては非常に大切な概念です。
竹刀での打ち合いでも「刃筋が通っているか」と言うのは
一本の要件であり、判定の基準の一つです。

 私たちが実際に刀をとって戦う事は、おそらく万に一つもありません。
現代人にとって、剣道修練の目的は、刀法を学ぶ事によって、
厳しい稽古の中で精神を磨くこと、つまり人間性を磨く事です。
ですから、稽古を通して自分に厳しくするように、他人には礼節を持ち、
やさしくしてゆくことを学んでゆくわけです。

 だったら、刃筋があるかどうかなんて関係ないのではないか
と思う方もいらっしゃるかもしれません。それに、現代の剣道では、
日本刀では出来ない技、竹刀だからこそ出来る技もたくさんあります。
確かに現代の試合ではそういう技があっても良いと思います。
修行の課程でそういう技を身につけることも大切です。

 でも、伝統の継承という事を考えれば、剣道の哲学は命を懸け
刀をとって戦った武士の哲学ですから、だからこそ剣道の中に
「刀」という観念が根底には必要なのだと思います。

 ただ、実際の刀の使い方などを考えずに木刀での稽古ありき
になってしまうと、そのうち技に対する解釈が次第に変わって、
こんどは「刀」の技術ではなく「木刀」の技術になって
しまうこともあるので、特に注意が必要です。

第173号「言われて許せないこと」

 人には言われて許せることと許せないことがあります。
例えば、それが自分の事や過去のこと、身内のことであったり
いわれのないことであったりもします。

 私も教師とはいえ人間ですから、腹立たしいこともたくさんあります。
しかし、最近めずらしく声を荒げてしまったことがありました。

 日本語の授業で職業や社会的地位の単語について
説明していた時のことです。

 国王、総理大臣の話になり、当然日本の国家元首は
国王ではなく天皇陛下でありますから
天皇という単語を説明したあと、しかし当然ながら天皇は
地位そのもののことであり、普通は英語でのマナーと同じく
天皇陛下、皇后陛下と呼ぶという説明をしました。

 その時、ある生徒が「先生、日本の天皇陛下は歳をとっていますか」
と聞きました。私は「陛下は決してお若くはありませんよ」と答えました。

 すると、その生徒はふざけて「では、太っていますか」と質問をしました。
私は「太ってはいない」と答えたあと、
「私の国の国家元首に対してそういう冗談は言うべきではないよ」
と答えました。するとその生徒は聞きました。
「それでは皇后陛下はどうですか」と。

 それに対する私の返事は「ふざけたこと言うんじゃねえ!」でした。
(日本語ではありませんが、それに相当するような英語で
やや気合の入った声だと思って下さい。)

 普段はクラスでまず声を荒げることのない私ですから、
クラスの空気が一瞬にして凍りつき、生徒の顔はひきつりました。
すぐに、その生徒と他の生徒たちは、それがいかに私にとって
重要なことであるかに気がつき、あわてて取り繕う様に
天皇制に対して今度はまじめな質問をしてきましたので、
私も何事もなかったように答えましたが
普段はいたって真面目で明るい生徒たちで、
私もかわいがっている生徒たちですから、
まさかこの質問が引き金になるとは思ってもいなかったと思います。

 この私の態度は、たまたまその日は風邪で鼻水もひどく
次第に熱が出てきて、かなり精神的に余裕がなかったのを差し引いても
教師として全く褒められたものでありませんが、
ただ、ここはどうしても私自身の曲げる事ができない部分なのです。

 つまり、その国の元首の行いについて、一個人の意見として
理論的に批判するならまだしも、非人道的なことは何一つしていない
国家元首を単なる冗談のネタにすることは、
その国を侮辱することと等しいことと私は考えています。

 特に天皇は日本国の象徴であり、二千年以上前はともかく、
現在では武力を楯にした独裁的支配者などでも、単なる権威の象徴でもなく、
その立場はいわば宗教的、精神的指導者です。
天皇制に賛成か反対か、歴史観に反対か賛成かなどと言うことは別にしても
私には非常に無礼な行為のように思えました。

 というより、どうも親の悪口を面と向かって言われたような、
そんな気がして、いくら悪気は無いにせよ、若者の冗談と
笑ってやりすごすことができなかったのです。

 しかし、ご存知のとおりオーストラリアもイギリス連邦のひとつで
実は立憲君主制、国家元首はイギリス国国王(現在は女王)なんですが、
本来、古い歴史を持つ国の国家元首というのは
国民の精神文化に密接な関係をもつはずで、
しかしながら、国家元首がそもそもその国に住んでおらず、
支配下にもないという事は、その若い人たちの国家元首に対する
意識やとらえ方は、日本人とは大分違っているのかもしれません。
(そもそも、共和制にするかどうか投票があったくらいですから。)

 そういったことも踏まえて、若い日本人たちにも、
自分の国に天皇陛下がいるという意味を考える機会を
もっと持って欲しいと思います。

 しかし、これくらいだったら普段の私であればもっと
頭のいい対応ができたところを、体調不良だったとはいえ
声を荒げるというお粗末な対応しかできなかったところは
プロとして猛省です。

 ということで、久しぶりの剣道通信なのに
今回も全く剣道に関係のないまま終わってしまうことをお許し下さい。


追記

 共和制の国のように直接選挙で選ばれた大統領ならまだしも、
与党内部の力関係で選ばれた党代表の総理大臣などが
仮に政治の覇権争いばかりで、自己の利益と保身の為に
間違えた判断を下し、国家と国民に不利益を与えるようなことをすれば、
こき下ろされるのは当然のことと考えるのは、どこの国でも変わらないようです。

 ましてや、独裁政権で国民の望まない指導者が国を治めることに関しては
決してあってはならないことであると思うのは世界共通であるはずですし、
また自分の国の政治を批判する自由が無い国も、また人民は不幸であると思います。

第162号 「徒弟制度」

 昔から、いろいろな職業技術を学ぶためには
日本ばかりでなく、アジアやヨーロッパの国々でも
徒弟制度がありました。

 元々は親から子供に伝えられていた職業技術が
いつしか職業集団を形成するようになってから
自分の子供ではなく、その集団に帰属する者に
高い技術の伝承をすることとなったのです。
 
 ヨーロッパの手工業ギルドのような徒弟制度は
商人ギルドに対抗してのものでしたから、
そのギルドの力を維持する為の技術の伝承には
「親方が弟子に教える」という
手取り足取り指導する方法がとられていたようです。
ただし、同時にその技術が流出しないような措置も
とられていました。

 秘密結社と呼ばれている団体の代表といえば
世界中に支部がある有名な「フリーメーソン」ですが、
一説には、彼らも元は高い建築技術を持つ
中世ヨーロッパの石工のギルドから始まったもので、
技術が外部に流出しないように、マスターを頂点として
技術や職人としての心構えなどを教えながら
儀式などを加えて団体の結束力と機密性を
高めていったのが始まりと言われています。

 それに比較すると、日本における徒弟制度は
長い修行の中で「工夫して技術を盗み、親方を追い越せ」
と言うような方法がとられていました。
 
 料理人でも、大工でも、まず見習いからはじまります。
そして、掃除や片付け、準備をしながら仕事の流れを覚えます。
そこでは技術以前の職人としての心構えをを叩き込まれます。

 その中で、見よう見まねで先輩や親方の行動を真似て練習し、
小さい仕事を与えられるようになった時に
その仕事が上手にできるようになれば、次の仕事を任せられます。
そこで厳しく徹底的に技術を指導されながら、
最後は人に指導できるくらいの高い技術を身に着けて
今度は自分が親方になることができます。
このプロセスは武道の修行も非常に似ています。

 さて、日本と西洋の徒弟制度の違いといえば、
組織としての技術の伝承か、個人としての技術の伝承か
という違いになるのではないでしょうか。
ギルドでは組織に属した技術者としての
高いクオリティーを身につけていなければなりません。

 一方、日本の職人は、それこそ腕一本で
世の中を渡っていける様に技術を磨きました。
技術が高くなければ収入はありません。

 しかし、双方に共通点があります。
それは、職人として高い技術とプライドを持つ
ということです。

 プライドというのは、他の人との差別化や
単なる自尊心ということではありません。 
その職業人としての名前にかけて、
誰にも負けない技術を使って最高の商品を作る、
と言うプライドです。
その為に職人たちは苦労して高い技術を身に着ける
その名に恥じない仕事をしようとするのです。

 さて、剣道を教えていて思うことは、多くの初心者が
教えてもらうことを待っている傾向にあるということです。
先生だから教えてくれる、生徒だから全部先生が助けてくれる。
実はこれは大きな勘違いです。

 クラブや道場に入った時は、少なくとも興味があるが
どうしたら良いかと言うことがわからずに来る人がほとんどです。
しかも、最初からこれを職業にしようという人は
親が道場を持つ専門家だったりする以外は、ほとんどありません。
ですから、その場合には手取り足取り教える必要があります。

 当然、現代で剣道は好きな人が熱意を持って剣道普及に
とりくんでいますから、指導者と呼ばれる人たちも、
江戸時代の悪い町道場のようにお金儲けの為に
適当に教えて上達させずに長くお客さんにしたり、
自分の名声の為に生徒を叩きのめしたりすることは
まずありません。できる限り丁寧に教えてくれるはずです。

 また、剣道全体のレベルの向上ということを考えれば
やはりセミナー形式で、細かい技術を一つ一つ説明しながら
全員教えてゆくのは不可欠です。

 しかし、個人レベルの修行の中では、ある程度技術がついて、
自由に稽古をするようになったら、今度は自分で考え、
工夫することはとても大切なのです。

 そのために、他の生徒や先生の稽古を見て技術を盗む、
と言うよりは、技や動きを真似して、そこで工夫することが
大切な練習のひとつになってきます。

 頑張ってやっていると、先生がある程度のところで
ちょっとヒントをくれる。そのヒントのくれ方も
細かく教えてくれることもありますし、
稽古の中で、何も言わずに先生自身がその技を使って
生徒に打ち込んで見せる場合もあります。
また、自分の技が上手にできた時は
わざと打たせてくれることもあります。

 そこで気がついて色々と工夫を重ねてゆける人が
早くても遅くても上達してゆく人だと思います。
稽古をするからには、剣道を好きになってほしいと思いますし
また剣道を好きになるからには、
意欲的に技術の向上を目指してほしいと思います。

 そして一番大切なこと、つまり礼儀正しくあるか、
人に優しくあるか、しっかりと強い気持ちを持っているか、
つまり、剣道を習っている者として、自分にとっても他人にとっても
恥ずかしい行いがない様に努力しているか、と言うことが
職人の持つプライドと同じく、剣道愛好家のプライドであると思います。

第157号 「家紋カモーン」

 漆塗りの胴には家紋を入れることができます。
金か銀の蒔き絵で、これがあるとグッと高級感が増します。
大抵の場合は、左の上のほうに500円玉くらいの大きさで
奥ゆかしく描かれますが、お腹の真ん中にドーンと入れたり、
胴の胸の刺繍のデザインにしたりする人もいますし、
袴の背板に刺繍をいれているのも渋くていい感じです。

 外国人からすれば日本人のほとんどの家庭では
家紋があると思うかもしれませんが
「ウチは家紋なんてわからない」
なんてご家庭も意外と多いのです。

 そもそも日本で家紋があったのは貴族や武士でしたが
時代が下ると、一部の商人(しかも商人は大抵家紋ではなく屋号の意匠など)や
歌舞伎役者や遊女などが粋に紋をつけはじめました。
やがて明治時代になって庶民でも苗字を持つことができるようになり
どこの家庭も武家をまねて家紋を持つようになったのです。

 もちろん、元々は皇族や華族、または士族か、
士籍を抜いて平民になった家にしか
先祖代々の家紋なんてありませんから
皆、地域の殿様や名士の紋などを使ったり
好きな物を選んで使ったようです。

 今では身の回りには色々なところに家紋が使われています。
その中の最たる物がお墓です。この習慣は江戸時代あたりから
始まったと言われていますが、その理由は檀家制度でした。
それまではお墓といえば個人のお墓でしたが、
お寺に檀家が出来たことによって、墓が一族の墓となり
「何々家」と家名が入るようになりました。

 それ以外にも、正装の場合の羽織や袴には
必ず家紋が入っていなければなりませんし
元々は武家の習慣であった兜飾りはもちろん
こいのぼりや五月人形にもなんかにも
家紋を入れることが可能です。

 まあ、玄関やお弁当箱やかばんに家紋を入れている家は
今では少ないでしょうが、逆に今は家紋シールなんてのも
買えますから、何にでも家紋を付けたい放題です。

 ただし、高級外車のスモーク張りのリアウィンドウとかに
大きく入っているのは、確実に職業を勘違いされるので
その筋でない方は気を付けた方がいいかもれませんね。

 さて、大抵は家紋と言えば男紋で、
男性家系に伝わる紋を使用します。
しかし、無い場合は母方の家紋を使うのも可です。

 特殊な場合ですが、例えば子供の百日参りの時の
赤ちゃんの着物は母方の紋ですし、女性の着物には
母方の紋を付ける地域もあるそうです。
また珍しい習慣では、家紋の丸をはずして
女紋とする地域もあるそうです。

 また、戦国時代からの武家の慣わしで、
婿養子に入った本人の家柄の方が高ければ
こういう場合は婿養子に「入れる」のではなく
「お迎えする」という立場になりますから
苗字は婿に入った家の氏になりますが
家紋はそのままその家の紋として継続して使ったそうです。

 これは結局、
「我が一族は、もっと位の高い由緒ある一族と
血がつながっているんだよ」
というアピールというか、単なる見栄のようです。
(最も、戦国時代、江戸時代は
こういうのも必要だったようです。)

 実は、同じ話を私の祖母から聞いたことがあり
祖母の家系は実際にそうだったそうですが
「それって数百年も前の話じゃん!」
という話でも、昨日の事のように語り継いで
脈々と受け継がれているところにも
日本人の家系と家紋に対する考え方が
現れていて面白いとおもいました。

 しかし、現代は家紋がそこまで大切な場面は
ほとんどありません。ですから、自分の家の紋が
わからなければ、結局、自主規制して
天皇家や旧幕府徳川家の家紋などを避ける以外は
勝手に好きな物を選ぶことになるのです。  

 日本人じゃなければ、自分の一族の
紋章がある方もいますし、国の紋章もあります。
そうじゃなかったら勝手に好きなのを選べばいいんです。

 映画監督でお笑い芸人の北野武氏は
天皇陛下即位20年を記念するの宮中茶会に
ご招待された時、黒紋付の正装でしたが
なんと家紋が、オフィス北野の丸に「K」の文字の
オリジナル紋でした。

 これはこれでアリか...とは、
世界の北野武だからこそ、
許されてしまうんでしょうかね。