第222号「ヨーダの格言2」

スターウォーズ・最後のジェダイ、前回の続きでルークとヨーダの会話です。

Luke: I was weak...unwise.
(私は弱く...そして、愚かでした。)
Yoda: Lost Ben Solo, you did. Lose Rey, you must not.
(おまえはベン・ソロを失った。しかし、レイは失ってはならぬ。)
Luke: I can't be what she needs me to be!
(しかし、私は彼女が必要としているような存在にはなれない。)
Yoda: Heeded my words not, did you. Pass on what you have learned. Strength, mastery, hmm... but weakness, folly, failure also. Yes: failure, most of all. The greatest teacher, failure is. Luke, we are what they grow beyond. That is the true burden of all masters.
(お前は私の言葉を聞いていなかったのか?学んだ事を伝えるのじゃ。強さ、知識や技術...それだけではなく、弱さや愚かさ、失敗もじゃ。そう、全ての失敗を。失敗こそ最高の師じゃ。ルーク、我々は彼ら(弟子たち)が大きく超えてゆく存在でなくてはならぬ。それが、すべての師と呼ばれる者たちの、本当の大きな責任なのじゃ。

流石、ヨーダ。いや、ヨーダ先生。
1.師と呼ばれる者の責任は、知識や技術を教えるだけでなく、自分の弱さも失敗も全て伝え、弟子たちが同じ過ちを起こさないようにすること。
2.師と呼ばれる者の責任は、弟子たちが超えてゆく高い壁でなければならない事。

ああ、俺はジェダイマスターになれるのか...。

*ベン・ソロ...盟友ハン・ソロと妹レイア姫の間に出来た息子で、ジェダイとしてのずば抜けた能力を持つかつてのルークの弟子。悪の心を持った為、ルークが自分の手で殺そうとしたが失敗。逃げ出してカイロ・レンと名乗り、帝国軍に入る。今回の映画では、とうとう帝王となる。

第221号「ヨーダ先生の格言1」

 おそくなりましたが、新年おめでとうございます。今年の正月にスターウォーズ・最後のジェダイを見ました。面白かった!スターウォーズは、そもそもサムライ映画というのは有名な話で、初期の作品は衣装が戦国時代の鎧兜や着物に多大な影響を受けています。もちろん、レーザーピストル全盛だった当時のSF映画で、ライトセーバー=刀というアナクロな道具で戦ったのも、サムライ映画が根底にあるからです。

 ジェダイというのは、超能力も使いますが、基本的な存在は特別な力を持つ剣術の達人のようなものです。今じゃハリウッド映画は、殺陣や衣装もすっかりカンフー色が強くなりましたが、それでもルーク・スカイウォーカーは最後の戦いでは両手でライトセーバーを握って正面に構えていましたね。流石サムライ、感動しました。(思えばスターウォーズ・エピソード1に出演していたリーアム・ニーソン演ずるジェダイマスターのクワイ=ガン・ジンは、人質となったクイーン・アミダラを奪い返しに行った時は、ライトセーバーを刀をさっと鞘に納めるように腰に納めていました。正に納刀です。カッコよすぎ!!ダースモールとの戦いがレーザーの壁に阻まれてストップした時は、跪坐(きざ)の姿勢で黙想。マジしびれます!)

 それはさておき、今回の映画の中ではジェダイの古代書(教科書)というものが出てきます。時代劇であれば、剣術の奥義の秘伝書のようなものです。ジェダイとしての潜在能力を持つ少女レイが、伝説の最後のジェダイマスター(伝説の剣の名人とでも言いましょうか)となったルーク・スカイウォーカーを訪れ「弟子にしてほしい、反乱軍の力になって欲しい」と頼みます。しかし、ルークは心を開かず、他にもなんだかんだあって、レイはルークの元を去ります。かつての弟子であった甥を、自分のミスから悪の道に目覚めてさせてしまった過去を持ち、ジェダイは自分の代で絶えるべきと考えていたルークは、手元にあったジェダイの古代書を燃やしてしまおうと考えます。しかし、直前でどうしようかと躊躇した時、彼の偉大な師であるヨーダが突然現れて、笑いながらいきなり部屋ごと燃やしてしまいます。ここにルークとヨーダの会話を再現します。

Luke: So it is time for the Jedi Order to end? 
(ジェダイの時代はおわる時が来たのですか。)
Yoda: Time it is...hmm, for you to look past a pile of old books, hmm?
(時ねぇ...うーむ。それはお前にとって、山積みの古本にこだわるのを止める時じゃないのかね。)
Luke: The sacred Jedi texts!
(聖なるジェダイの古代書の事ですか!)
Yoda: Oh? Read them, have you?
(おや、お前は読んだのかね?)
Luke: Well, I...
(ええっと…)
Yoda: Page-turners they were not. Yes, yes, yes. Wisdom they held, but that library contained nothing that the girl Rey does not already possess.
(そうそう。病みつきになるほど面白い本ではないわ。あの蔵書には知識の他には、あのレイという娘が既に手に入れた以上のことは何も載ってはおらん。)

 ヨーダの言うとおり、秘伝書や目録などの巻物には、剣の技術や心構えなどの知識は書いてありますが、結局はそれ以外のものはない。本当に大切はことは、自分の修業の中で、師が示してくれた事や多くの失敗の中から学んだ事を生かしながら、自分自身の道を見つけていくことです。

 これは武道における「守・破・離」の事を言っています。「守」は基本を忠実に守るステージ、「破」は修練で高めた基本力を応用するステージ、そして「離」は自分自身が自分自身の問に対する答えをみつけるステージ。ヨーダはルークに、ジェダイというこだわりを捨てて、自分自身を見つめろと言いたかったのではないでしょうか。

 そういいながら、映画の中ではレイは図書館からジェダイの古代書をちゃっかりパクっていたので(笑)、ヨーダはそれを知っていて、あえて部屋に火をつけ、ルークに違う意味(ジェダイとしての心と才能だけではなく、本も既に内緒で手に入れた。)を含めて、そう言った、ヨーダのお茶目な発言ではないかとファンの間では解釈されています。

第217号 遠回りの意味

 野球選手としだけではなく、スポーツ選手として超一流のイチロー選手の、昔のインタビューから書き起こした彼の言葉を抜粋して紹介します。

「全くミスなしでは(高いレベルには)たどりつけないけれど、たとえたどりついたとしても、深みは出ない。」
「やっぱり遠回りすることって、すごく大事。だから、無駄な事って結局無駄じゃないっていう考え方はすごく大事。」
「今やってることは決して無駄だと思ってやっているわけじゃないけれど、後から思うと無駄だったって思う事はすごく大事な事だと思う。
「合理的な考え方ってすごく嫌いで、遠回りすることが一番の近道だと信じてやっている。」

 色々な経験と並外れた努力を重ねてきた人の言葉は説得力があります。無駄な事が無駄じゃないのは、それが無駄だという事に気付いたから、という事ですね。つまりはやってみなければわからない、失敗してみなければわからない事もたくさんあるということです。失敗を恐れず、失敗を糧にして、何度も立ち上がって前に進める人にこそ、道は開けるのではないでしょうか。そう、遠回りには必ず意味があるのです。

第216 受け入れる事

「最近は若い人たちに益々打たれるようになってしまいました。自分の弱さ、相手の良い打突を受け入れるつもりで稽古が出来ればと思います」と言う話を先生にしたところ「打たれることを怖がらない、打たれに出る事です。打たれてもいいという割り切りが、思い切りのある打ちに繋がると信じています。」というお言葉を頂きました。
 
 人間、誰でも失敗したくありません。失敗を恐れずに前に進む事は容易ではありません。しかし勇気を出して失敗することを怖がらずに物事にチャレンジしていく気持ちを鍛えて行けば、やがて、失敗することすら考えられないくらい、集中して何かを行う事や、自分の理想を成し遂げたいという熱意に、自然に体が動かされるようになる事が増えていくはずです。
 
 そして、無我夢中な熱意を超えたところに、自然体で全てを受け止め、包み込んで、その上で物事を動かしていくような、そんな境地があるのではないかという気がしてきた今日この頃です。

第215 花一輪

「花戦さ」(Flower and sword) と言う映画を見ました。映画の中で野村萬斎演ずる華道の家元である池坊の初代宗家、池坊専好が茶人の千利休に「一輪にて数輪に及ぶならば数少なきは心深し」と言う意味のセリフを言うシーンがありました。劇中ではこのシーンが茶室の一輪の朝顔を美しく見せる為に、庭の朝顔を全部摘みとったという、有名な利休の朝顔のエピソードに繋がってゆくのですが、これは今でも池坊流の教えになっているそうです。

芸術とは全てそういったものだと思います。多くの彩にあふれた華やかなものは素晴らしい。常にシンプルばかりではつまらない。様々な彩のあるものは、心を楽しく豊かに、気分を盛り上げてくれます。しかし、単なるミニマリズムではなく、全ての空間の価値をそこに凝縮した、たった一つの存在。それこそが、人の心を打つ何百本もの花に勝る一本の花の意味だと思います。

そして、剣道でもそれは、同じだと思います。鮮やかで多彩な美しさも、凛とした清楚な美しさも、全てが花の魅力であるのと同じように、多彩な動きや技の素晴らしさも、静寂を破るような、人の心を打つ会心の一本の美しさも、同じように全てが剣道の魅力であると思います。

本当に人の心を打つ一本、打ってみたいですね。